2031.上機嫌な大魔王
「話はそれだけだ。こんな時間に邪魔をしたな」
「構わぬ。お主は今後もお主の最善を尽くすがよい」
転移を行う『魔力』を発動させ始めたヌーだったが、そこで彼はソフィの方を一瞥する。
そして転移を行おうとしていたヌーは、そこで一度『魔力』を消すと代わりに口を開き始めるのだった。
「てめぇとはいつか、しっかりと決着を付ける日も来るだろうが、今の俺ではどう足掻いてもてめぇに勝ち目はない事は分かっている。だが、実際にてめぇと戦わねぇ事には、その差を上手く測る事すら出来ねぇのは確かだ。だから……よ、シゲンの野郎のように、てめぇも逐一俺と戦ってみせろ……!」
それは決して頼み事をする方が行う言葉遣いではない。
ヌー自身も今回この事をソフィに告げる予定はなかったのだろう。だからこそ、自分が焦っておかしな言葉を口にしてしまったという事にも気づいている。
だが、ソフィはヌーが言いたい事の本質を理解出来ている為、一切揶揄うような真似をせずに首を縦に振るのだった。
「クックックッ! 良いだろう。ここ最近は我と戦いたいと口にする者が多くて、我自身も非常に嬉しく思っておったところだ。我も自分の『力』を完璧にコントロールする為には、強い者と戦う必要があるのでな。お主が然るべきタイミングで毎度相手をしてくれるというのであれば、願ってもない事だ。こちらこそよろしく頼む」
ソフィはそう言って、ヌーの申し出を快く了承するのだった。
「ふんっ……! 俺が戦う度に強くなっていくところをてめぇに見せて、しっかりと認めさせてやるよ……!」
ソフィが承諾してくれた事が余程に嬉しかったのだろう。
ヌーはいつもの態度に戻ると、鋭利な犬歯を覗かせながら豪快に笑い始めるのだった。
そして今度こそここから離れるつもりなのだろう。再び転移の為の『魔力』を彼は展開し始める。
「じゃあな……。てめぇとこの『ノックス』の世界で過ごした時間は、決して悪いものじゃなかったぜ」
視線をソフィから外して告げたその言葉を最後に、今度こそこの場から大魔王ヌーは姿を消すのだった――。
…………
大魔王ソフィは最後のヌーの言葉に部屋で一人、驚いた表情を浮かべる事となった。
少しの間、ヌーの言葉に呆然としていたソフィだが、ようやく我に返った後に独り言ち始める。
「クックック……! この世界で奴の変貌振りには何度も驚かされたものだが、今のが一番驚かされてしまったな」
ソフィの事を明確に『敵』としか見ていなかったヌーが、そんなソフィを前にして、一緒に居て悪くなかったと口にしたのだ。ソフィに驚くなという方が難しいだろう。
「あやつも間違いなく、この世界に来た事で良い方向に成長出来たようだな」
ソフィの発した言葉に内包されていたモノとは、決して戦闘に於ける強さだけの意味合いだけではないだろう。
「こちらも悪くはなかったぞ、大魔王ヌーよ。さて……、直接あやつがフルーフと決着を付ける様子を見届ける事が出来ぬのは残念だが、どういう結果になるにせよ、我はそれを認める事にしようか」
彼がするべき事は何も変わらないが、それでも大魔王フルーフと大魔王ヌーの一戦に対する想いは、この『ノックス』の世界に来る前とは少しばかり異なっていた。
その理由は当然に共に行動したヌーが原因ではあるのだが、それを一方面で捉えられる簡単なものではないという事は、他ならぬ彼自身が感じていたのだった。
結局この後ソフィは、出発の時間まで眠る事は出来なかった。
しかし今回に関しては、質の良い睡眠を取るよりも心地いい気分に包まれていた事は、他でもない彼が理解していたといえよう。
……
……
……
そしてソフィの部屋から自室に戻ってきたヌーは、先に寝ていた筈のテアが目を覚まして、何やら厭らしい笑みを浮かべてこっちに視線を送っているのを見て、うんざりするように溜息を吐くのだった。
「――」(おいおいヌー、こんな時間に何処行っていたんだよ?)
「ちっ! わざわざ訊いてんじゃねぇよ! てめぇなら俺の『魔力』が何処から感じられていたか、分かってんだろうが!」
「――」(ふふっ、その様子だと上手くいったみたいだな? ソフィさんはお前の腕試しに付き合ってくれるって約束してくれたんだろ?)
「ああ、まぁな……。だがそれをいつまでも喜んではいられねぇよ。むしろここからが本番だからな。最後の目標を相手に俺の力の内を都度見せようっていうんだ。単に奴に見せるモノ以上のモノを裏で仕上げる必要がある。これから大変になるが、てめぇにも付き合ってもらうからな?」
「――」(ああ、分かっているさ。もっと私に頼れよ、親愛なる大魔王?)
「ちっ! またそれかよ。誰かの受け売りなのか何なのか知らねぇがよ、あんまりそれ言わねぇ方がいいぞ?」
「――」(何でだよ! クールじゃねぇかよ! 死神皇様もいつも契約者相手に言っていたんだぞ?)
「知らねぇよ……。もういい、俺は寝るからよ。朝になったらお前が責任持って起こせや」
「――」(私に何の責任があるんだよ! あ、おい! 狸寝入りはやめろよぉ……!)
勝手な事を口にしたヌーは、さっさと自分の布団で横になって目を閉じるのだった。
その寝顔はテアから見ても満足そうであり、どうやらソフィの元に向かう前より、ヌーの機嫌は相当に良いモノになっていたようである。
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