2016.匙を投げたくなるやり取り
時は少しだけ遡り、それは一行が『妖魔山』からソフィの『高等移動呪文』でサカダイの町に戻ってきた後の話であった。
大魔王ヌーはサカダイの町に戻って来た事でようやく、あと少しで元の世界に戻るのだと実感が湧き始めていた。
そこに何やらシゲンが険しい表情を浮かべながらソフィに近づき、何やら元の世界に戻る前に確かめたい事があるとソフィに相談している話が、魔族のヌーの地獄耳に届くのだった。
(ちっ! 後はエイジ達を里に運べば終わりだっていうのによ、あの野郎はまた安請け合いしていやがる! 今更だが、奴の御人好しでどんだけ俺に迷惑を掛けているかを改めて教えてやらねぇとな……!)
ソフィがシゲンの相談に頷きを見せた辺りでヌーが、いい加減にしろとばかりに、ソフィを怒鳴ろうとしたその時だった。
「ヌー殿。少し時間をもらっても構わないだろうか?」
「あ? ああ……、てめぇか。何だよ?」
ソフィに小言を口にしようと一歩足を出しかけたヌーの元に、エイジが神斗を連れてヌーに話しかけてきたのだった。
「この神斗がお主に話があるそうでな。渡りをつけてくれと頼まれたのだ」
そう言ってシギンが紹介したのは、ヌーにとっては『煌阿』のイメージが強い神斗であった。
「てめぇは……。あの山で妖魔神と呼ばれていた方だな?」
神斗はそのヌーの奇妙な言い回しに違和感を覚えたが、直ぐに彼は『煌阿』の事が頭に過り、ようやくヌーの考えている事が理解出来たようであった。
「そうだよ、どうやら君の中で僕の姿は『煌阿』の認識が強いみたいだけど、こうして君と実際に話すのは初めてだよ」
「ふんっ、そんな事は別にどうでもいいが、俺に何の用だよ?」
「どうやらあまり歓迎されていないようだね。まぁ、煌阿がやった事を考えればそれも無理はないかな? だけど僕自身は……」
「ちっ、うぜぇ野郎だな。さっさと用件があるなら言いやがれや。てめぇが馬鹿面晒してゴチャゴチャ呑気に自己紹介を行いやがったせいで、ソフィが行っちまっただろうがよ!!」
「……」
まだ直接話をして数分も経っていないというのに、この時点ですでに神斗の中では、ヌーを『扱いづらい存在』と認識するに至るのだった。
「それはすまなかったね。でもそうだな、彼がさっき他の者達に説明していた内容を考えると、当分は戻ってこないみたいだし、こちらとしても好都合だったかな」
「ああ!? てめぇらが話し掛けてこなかったら、こっちはさっさとエイジ達を送り終えて終わりだったんだよ! 何が好都合だ、不愉快な野郎だな! 今すぐにここでぶち殺してやろうか!?」
淡々と都合のいい言葉を吐き始めた神斗に、ヌーは苛立ちを見せながらそう口にするのだった。
(久しぶりにこいつがキレてるところ見たけど、やっぱ沸点低いよなコイツ。奴が何て言っていたかは分からないけど、表情と振る舞いを見ていた限りでは、別にそんな怒るような事は言ってなさそうだったんだけどなぁ……)
ヌーの横に立っていたテアは、相棒が突然怒号を上げ始めたのを聞いて冷静にそう考え始めるのだった。
「やれやれ困ったな……。これじゃ普通に話も出来なさそうだ。シギン、君が何とかしてくれないかい?」
神斗はヌーとは相性が悪いと直ぐに判断し、助けを求めるようにシギンの方を向いてそう告げるのだった。
シギンは仕方がないとばかりに溜息を吐くのだった。
「ヌー殿、少し前に私が『リラリオ』の世界に連れて行って欲しいという話をしたのは覚えているな?」
「分かっている。その代わり、てめぇには色々と教えてもらうつもりだがな」
「そこでだ、お主に色々と『魔』を教授する上では、こやつを交えて実戦形式で行った方が分かりやすく、効率よく吸収出来ると私は考えたのだ。どうだろうか、私と一緒にこやつも共に連れて行ってくれぬか?」
「何だと? 妖魔神だか何だか知らねぇが、あの煌阿って野郎に身体を乗っ取られて、好き勝手されてボロ雑巾みたいになって殺されていた奴だろう? ちったぁ使える奴なのかよ?」
そのヌーの言葉に、流石の神斗もむっとした様子を見せるのだった。
「今のは流石に僕も聞き捨てならないな。確かに煌阿は僕の想像以上に『魔』の概念理解度を高めていたし、実際に身体を乗っ取られてしまったことは否定しないけど、それでも君程度の奴に使える奴なのかと問われる程に弱いつもりはないよ? こんな僕でも君くらいなら片腕もあれば充分に殺せるとこの場で断言するよ?」
「な、何だとてめぇ!! もう一度言ってみろや!」
(はぁ……。まるで稚児達を相手にしているようだ。何で頼み事をしようとするお主が、喧嘩を売るような真似をするのか理解が出来ぬ……)
実際の年齢は彼よりも遥かに上であろう二人を前に、あまりにも精神年齢が低いと判断したシギンは、言葉を噤みながら両者の様子を冷めた目で見つめるのだった。
そしてそんなシギンと同じく、ヌー達の様子を見守っていたテアが、背伸びをしながらシギンの肩をぽんぽんと叩いて、慰めるように頷いたのだった。




