2005.気が付けばそこに居る者
ソフィが物思いに耽っている間に、シゲンは自分の刀を抜き始める。
しかしシゲンは思案を続けるソフィを急かすような無粋な真似を一切せずに、刀を構えたままで静かに目を閉じるのだった。
「むっ――!」
だが、精神を統一し始めたシゲンに対して、直ぐに考え事をしていた意識を戻すソフィだった。
どうやら物を言わずともシゲンの醸し出す厳かな空気に、強引にソフィは意識を戻されたという事だろう。
「魔神よ、そろそろ頼む」
「――」(ええ、この場所はあの『超越者』が用意していた空間とは異なっているという事は、充分に念頭に入れておいてね? 前回貴方が出した『力』をそのままこの場所で展開すれば、それだけでこの建物は甚大な影響を及ぼし兼ねない)
「我もここに来るまではそのつもりだった……が、どうやらシゲン殿のあの姿を見る限りは、すまぬが安易な約束は出来なさそうだ」
ソフィは『鉄紺』の青のオーラを纏い始めたシゲンを前にして、どれだけの『力』がこの場面で必要になるかを測りかねている様子であった。
それはつまり、この目の前に居るシゲンもまた、ソフィにとって王琳にまでは及ばぬとも、相当の実力者であると改めて認識するに至ったというわけなのだろう。
「――」(確かに想像以上の人間のようだから、ある程度は仕方はなさそうね。分かったわ、再びこの場で『固有結界』を展開するわね。それにしても、まさか同じ世界で異なる存在を相手に、この天上界の執行者であった私が、何度も『固有結界』を展開させられるとは思わなかったわ」
魔神は溜息交じりにそう告げると、ゆらりと左手を掲げるように上げ始める。
すると次の瞬間には、この訓練場の景色が真っ白な空間へと変貌を遂げていく。どうやら魔神の『固有結界』というものが、展開されたという事だろう。
「――」(これでこの場所に限り、相手が『超越者』であってもそれなりに耐えられる空間になった筈よ。後は貴方達次第だけど、どうか世界が崩壊しないことを祈っているわ)
流石に最後のは魔神なりの冗句のつもりだったのだろう。前回の王琳戦とは違い、直接ソフィが『力』を用いて戦うというわけではない為、実際にはそこまでの心配はしていないのだという事は、今の言葉で直ぐにソフィにも理解出来たのだった。
ソフィは魔神に頷いてシゲンに視線を移すと、すでにシゲンは目を開いてソフィの方を見ていた。どうやら魔神が『固有結界』を展開した事で、意識を戻したといったところなのだろう。
まだシゲンは無意識に『鉄紺』のオーラを纏っているだけに過ぎないが、それでもすでにある程度の高ランクの妖魔を討伐できる程の力量を有しているようだった。
(ふむ。まだシゲン殿が全然本気ではないという事は分かるが、それでもこれは流石にミスズ殿や、イツキ殿を相手にした時の力では抑えきれぬと、直ぐに予想が付くところだな……)
「いつまでもそんなところに隠れていないで、そろそろ姿を見せてはどうだ?」
「むっ……?」
ソフィがシゲンの『青』のオーラを目の当たりにして、どれくらい『力』を開放するかで悩んでいたところに、急にそのシゲンから思いも寄らぬ言葉を出された事で、ソフィも思わず訝しむ声を上げたのだった。
シゲンの発言から数秒が経ち、一体何だったのかとソフィが思い始めた頃だった。
「やれやれ……。アイツが使っていたこの『魔』の技法を使えば、最後まで気づかれる事もないだろうと思っていたんだが、やっぱりアンタらが相手だと直ぐに気づかれちまうようだな……?」
そう言って姿を見せたのは、先程ソフィが思案していた中に出てきた『イツキ』であった――。
「お主は……!」
ソフィは驚いた様子を見せながら、この場に忽然と姿を現したイツキを見るのだった。
『漏出』を用いていたわけではないが、それでもソフィでさえ、イツキがこの場に潜んでいるという事に気づかなかった。
どうやらイツキは大魔王フルーフが編み出した『魔』の技法である『隠幕』を用いていたようだが、それでもこのソフィでさえ、今の今まで気づく事は出来ていなかった。
最初から何者かが潜んでいると仮定して注意深く探っていれば、ソフィにも色々と『漏出』や『魔力感知』で気づく事も出来ていたのだろうが、完璧な『隠幕』であった為に、シゲンが口にしなければ最後まで気づく事が出来なかっただろう。
すでに『魔神』の手によって、この訓練場に『固有結界』が展開されている以上は、後から侵入してきたという事は考えにくい。つまりは何食わぬ顔でイツキは『隠幕』を使いながら、ここまでソフィ達と共に入り込んできていたという事だろう。
「流石は妖魔退魔師組織の総長殿だな。ま、それでもアンタも刀を構え始めてからようやく気づけたって感じだったしな。これでこの『魔』の技法がそれなりに使える事は実証出来たわけだ」
「……」
シゲンは無言ではあるが、イツキを見る目を鋭くさせたかと思うと、同時に殺意も纏わせ始めるのだった。
「安心しろ。アンタらの邪魔をするつもりはない。ただ、俺にもこの場で見るくらいの事は許してくれよ?」
飄々としたそのイツキの態度にシゲンは溜息を吐いたが、それでも先程の殺意は掻き消えたようだった。
「今更出ていけとは口にはせぬが、今回ソフィ殿に貴重な時間を割いてもらってまで得た機会だ。絶対に邪魔だけはせぬように頼むぞ」
「ああ、もちろんだ。アンタ達もいいだろ? 俺はアンタともそこの総長殿とも直接手を合わせた人間なんだ。この戦いに興味を持つのは仕方のない事なんだよ」
「クックック、何が仕方のない事なのかは分からぬが、シゲン殿が良いというのであれば、我も別に構わぬよ。それにしても完璧な『隠幕』だったな。まるでフルーフと見紛う程の出来であったぞ?」
「フルーフってのが誰の事なのかは知らねぇけど、そりゃどうも。アンタみたいな化け物にそう言われたら、あの野郎から技法を真似た甲斐があったってモンだ」
――イツキが言っている相手は、大魔王ヌーの事だろう。
この世界にある『理』が、シギンやそのシギンの先祖である『卜部官兵衛』が生み出した『空間魔法』の『理』だけである以上は、イツキが独自に『隠幕』を編み出せる筈もなく、消去法的に『レパート』の『理』を知っている大魔王ヌーから得た知識を使って発動させた事に他ならない。
「さて、ではそろそろ始めるとしようか」
これ以上シゲンを待たせるのも悪いと考えたソフィは、ゆっくりとこの場で『力』を開放し始めるのだった――。
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