1986.大魔王ソフィVS大妖狐王琳10
間違いなく今の王琳は、妖魔神であった『神斗』や『悟獄丸』を圧倒出来るだけの『力』を有している。それは妖狐本来の姿を取っている事からも明らかであり、会合を行う為に使った空間がある森の中では、この妖狐の姿であっさりと大勢の鵺を一瞬の内に屠るに至っていた程である。
あの時と攻撃力や防御力は元より、間違いなく速度に至るまで変わらずにいるのだが、この今の状態の王琳でさえソフィの間合いに易々とは入る事が出来ずにいた。
あの時に戦った鵺達程度の強さであれば、いくら数がいようと策を用いずとも強引に、そして確実に倒せるという自信を持っていた王琳だが、現在の相対している相手であるソフィは、今の妖狐形態の王琳の速度に対して直ぐに対応出来るだけの準備を整えられていて、馬鹿正直に真っすぐ突っ込んだところであっさりと対応されて敗北を喫する事となるだろう。
だからといって、王琳は『天狗族』や『鵺族』のような搦め手に覚えがあるわけでもなく、そもそもこれまでは単なる『魔』の概念でさえ、彼はオーラくらいしかまともな技法を使ってこなかったくらいである。
この数十年でようやく『透過』という、まさに『神斗』にとっての値千金と呼べる技法を王琳は授けてもらったわけだが、ハッキリと言ってそれ以外に実戦で役立つ『魔』の技法はないと呼ぶに等しいくらいであった。
しかし彼には『透過』だけで十分であり、本来ならばそれだけで実戦において事足りる……どころか、まさに鬼に金棒と呼べる程に欠点がなくなったと呼べるぐらいだったのだ。
現状でも『透過』を用いれば、一瞬の内に目の前のソフィを守る炎の番人を消し去る事くらいは可能だろう。
だが、彼がそれを安易にしない理由としては、まだソフィがいくつもの奥の手を用意しているだろうと判断がつくからに他ならなかった。
これまで王琳が山で見てきたソフィという魔族は、次から次に信じられない『魔』の概念技法を展開し、敵となる相手を想像すら出来ない手法で消滅させてきた。
煌阿に使っていた『絶殲』に始まり、天狗達に用いた『転覆』、更には想像の埒外を越えた殺傷能力を誇る『終焉』。
こんなにもまだ、この戦いの中では見せていない技法を持っているソフィである。
先程例に挙げた『魔』の技法の数々に比べれば、間違いなく威力で劣るのがあの『炎の番人』である。それをいつまでも起用している理由を考えれば、王琳の『透過』を警戒している事が容易に窺える。
ソフィの強みは目に見える破壊力だけではなく、その周到さ加減である事は、これまでの戦いの中で理解に及ぶ。そんなソフィだからこそ、あの炎の番人に用いているソフィの『魔力』に『透過』で干渉するのは、その先に用意されている何かを把握してからでも遅くはない筈である。
というよりも、今の王琳の状態を省みれば、それこそが正着でそれ以外を選択する事は、まさに愚策だと言えてしまう事だろう。
(ソフィは一つ一つの大枠の攻撃を展開するに際し、必ずその大枠の一撃に付加をつけるような手段を取ってくる。この戦いで一番に目に付くのがやはり、あの『炎の番人』の存在だろう。アイツの炎の玉で俺を上手く誘導して居場所を限定させた後、今度はこちらが行動を考えた瞬間に空からの『雷』の一撃を見舞ってくる。あの速度で放たれる雷光は、当然にその破壊力も目を見張るものがあるが、こうして繰り返し使う一番の理由は、こちらの思考を強制的に遮断させるのが狙いなのだろうな。まさに光の速さと言えるあの一撃は、こちらが回避以外の考えを持った瞬間に、より不利な展開へと間違いなく持っていかれる。奴にしてみれば、この連続攻撃で消費する『魔力』の量など、何の影響も及ぼさないと考えている筈だ。つまり、俺がこのまま攻撃に転じずに回避を繰り返していれば、奴は全くのノーリスクのままでいられるという事だ。後は俺が何かミスを起こせば御の字くらいに思っているのだろう)
炎の番人からの連続攻撃を回避しながら王琳は、少しずつ思案の内容を加速させていく。
今の妖狐形態の王琳であれば『炎帝の爆炎』による攻撃や、天空の一撃と呼べる『雷光』でさえ、回避するだけならそこそこに容易く行えるようであった。
何度目かのパターン化された炎の玉と雷光を躱し続けていた王琳だが、そこでソフィに視線を合わせると、最初はこちらを吟味するかのような表情を浮かべていたソフィが、今は何かを諦め始めているような目をし始めている事に気づくのであった。
――まだお主は、この程度の攻撃すらも突破出来ぬのか?
実際にソフィがそう言ったわけではない。
しかし間違いなく強者の部類に入る王琳は、攻撃を行い続けているソフィの思考が、ある程度伝わってきてしまったのだ。
達人と呼ばれる者達は、戦闘の中で繰り出される技法だけではなく、相手の思考をある程度読む事も出来るのだという。
――何故相手がそう動くのか、どういう狙いからこういう行動を取るのか。
戦いの中でそういった思考を行う理由とは、相手の思考を先読みする事で盤面を有利に持っていく事を可能とするからである。
王琳もまた、その『達人』と呼ばれる者達側の思考を有していたのだろう。
だが、今回の場合に限っては、戦闘を有利に持っていく為の思考ではなく、ソフィの目を見た事で王琳は自分に対してソフィが失望していると結論を下してしまった。
――そして王琳の思案は、急激に別方向へと向きを変えるのだった。
「ククッ……ッ! この俺ともあろうものが、少しばかり後先を考えすぎていたようだ。戦いとは、常に場面が切り替わるものだ! 自分に有利な展開を見出す事が出来ぬというのであれば、己の力で切り開いて強引に作り出せばいいだけだ!」
次々と襲い掛かる炎の番人の攻撃を回避し、雷光すらも見事に避けた王琳は、そこからの行動を変化させて右腕を頭上高く上げると『魔力』をその手に集約し始める。
「む……?」
明らかにこれまでとは行動を変えてきた王琳の様子に、ソフィは訝しむように眉を寄せた。
ソフィは王琳がようやく攻撃に転じるのだと予想を始めると、これまでより『スタック』の量を増やし始めていく。
これまで攻撃に全振りしていたモノを少しだけ、防御に転換させようとした様子であった。
――そして遂に、その時が訪れるのだった。
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