1975.大事な事は
戦闘が行われた開幕からすでに想像以上のやり取りが行われた事で、この場に集っているほとんどの者達は信じられないものを見るような目で彼らを見つめていた。
特にミスズの驚きは他の者達より一際大きかった。何故なら、先程の四翼状態のソフィと直接戦った経験があるからである。
しかし先程の四翼状態のソフィでさえ、自分が本気でぶつかっても引き分けるのがやっとであったというのに、あの妖狐の王である王琳は、そんな状態のソフィの攻撃をものともせず、事もなげにあっさりと掻き消したかと思えば、返しの一撃であっさりとソフィに回避行動を取る事を余儀なくさせた。
当然、その後の彼らの会話を聞いていたミスズは、今のやり取りを含めてまだまだこの後の本番の準備段階だという事は理解していたが、それでも改めて自分が手の出せる領域を遥かに超えているのだと実感させられてしまうのだった。
そしてそんな辛そうな面持ちでソフィ達を眺めているミスズに、エイジが声を掛けてくる。
「ミスズ殿、ソフィ殿やあの妖狐は例外と呼べる存在だ。小生とてあの両者と戦えば何が起きたか分からぬ内にやられてしまうだろう。だからそのように自信を失くされぬな。ただの人間が神に抗えぬものと同じと考えるべきだ」
「エイジ殿……」
ミスズは直ぐにエイジが自分の事を慮ってくれた上での発言なのだと悟り、同時に如何に自分が情けない表情をしていたのだろうかと思い至り、しっかりと自分を取り戻そうと呼吸を整えつつ、表情を取り繕い始めた。
「上には上が居るという事は、十代の時にすでに理解していたつもりでしたが、それでもいくら研鑽を積んだとしても追いつけない相手が、これ程世の中に多く居るのだと思い知らされると、やはり堪えるものですね……」
ミスズとエイジの会話は、この場に居る全員の耳に届いている。別に聞き耳を立てているというわけではないのだが、シギンとエイジが張っている『結界』の内側にほとんど全員が集まっている為、必然的に耳に入ってくるのは仕方のない事であった。
少しだけ遠くの場所に離れているヌーやテア。
そして耶王美とソフィ以外には気を許していない大魔王エヴィもまた、孤立する形でミスズ達と少しだけ離れた場所で会話を聴いていた。
(あの人間が口にしている悩みは、種族が違う僕にも刺さる言葉だ。僕も一度だけ強くなる事を諦めかけた事があった。どれだけ強くなろうと、ソフィ様の背中さえ見えてこないし、人間の癖に『魔』の面で僕を封じ込めてみせたエルシス……。それに僕の『呪い』を受けて尚、その程度かと不敵に笑って見せた『ディアトロス』のじっちゃん……。上を見れば本当に途方もないんだよね)
エヴィは過去に同じ『九大魔王』の先輩である『ユファ』に、叱咤激励を受けて完全に折れかけていた気持ちを立て直した過去を持つ。そのおかげで、今もまだ何とかソフィに対するコンプレックスを抱きつつも何とか生き続けられてきた。
――その末に耶王美という掛け替えのない同志を見つける事が出来た。
辛すぎる現実に目を背けたくなるという気持ちは誰でも持っているが、何も真正面から見続ける必要などありはしない。
ただ、完全に諦めるという事だけはせず、自分がまだ続けられるという気持ちが持てるところを見つけて、上手く気持ちに折り合いをつける事が重要なのである。
大魔王エヴィの気持ちが折れかけた時は、まだ精神的に幼く自分だけではその折り合いをつける事が出来ずに、全てを諦めかけた時があったが、その完全に折れそうになる寸前に、ユファの叱咤激励で僅かでも持ち直す事が出来たのである。
――昨日より今日。今日より明日。何でもいいから自分を褒められる箇所を見つけなさい! アンタは私より遥かに強いんだ。私よりも出来る事が多いアンタが、何も出来ないと結論付ける事は私が許さない! アンタより弱くて何も出来ない私を見てみなさい! 全然そんな事を気にせずに生きているでしょう? きっとアンタにだって追いついてやるから覚悟しなさいよね。私に追いつかれるのが嫌だったら、つまらない事にいつまでも悩んでいないで、努力をしなさい! ソフィ様はそんなアンタを求めて『九大魔王』に、配下にして下さったのだから――。
そう言って笑顔をくれたユファに、大魔王エヴィは救われてここまで生きてこられた。
生きてさえいれば、生きて自分を認められる成長を続ける事が出来れば、自ずと自分を褒められる何かを見つけられる筈。
――大魔王エヴィは、大魔王ユファの言葉を信じている。
彼女が自分より戦闘面で強くなかったとしても、与えてくれた言葉には間違いなく、自分を打ち負かす強さを持っていた。
間違いなくユファという『九大魔王』の先輩は、大魔王エヴィに長く続く影響を齎したのである。
だからエヴィは、ミスズの今の発言に対して馬鹿にするような気持ちを僅かにも抱く事はなかった。
そしてヌーもまた、ミスズの言葉に少しだけソフィ達の戦闘以外の思案を入れる余地が生まれていた。
(強くなるのに必要な事は一つだけとは限らない。近道だけではなく、時には遠回りをする事で結果的にそれが近道になる事だってありやがる。俺はこれまで最短で強くなってソフィに追いつく事だけを考えて生きてきたが、この世界にきてエイジやシギンの野郎から話を聞いて、そして一緒になって歩いてくれるテアのおかげで改めてこの事に気づけた。強くなるのに必要なのは、一つでも多く経験をする事だ。敗北をしてもいいからソフィに挑み続けろとシギンの野郎は俺に言いやがった。今までの俺では考えもしない選択肢だったが、言われてみれば確かに何故そうしなかったのか不思議だと思える結論だった。負けたらそのまま死ぬわけでもねぇ。なら直接戦ってソフィの弱点や癖を見つけていければ、それが強くなる為の最善の手に変わりはない。ま、奴に弱点などあるのかは不明だが、そう言う事じゃねぇって事は今の俺には分かる。だからこそ、この一戦も強くなるヒントが隠されている筈だと今は信じるだけだ……!)
――大魔王ヌーは、この世界に来た事で大きく成長を遂げた。
それは目に見える『強さ』だけではなく、これから『強くなる』為の指標である。
本当に大事な事を知るには、中々自分だけでは気づけないものであるが、見つける努力を少しずつでも行い続けていれば、いずれはふとした拍子に見つかる事もある。
勿論、人から言われる事で気が付く事もあるが、自分で気づこうが、他者から気づかされようが、最終的に自分が理解出来ればその過程がどうであろうと関係がないだろう。
――大事な事は、当人が理解を得る事なのだ。
大魔王ヌーと大魔王エヴィは、ミスズの言葉によって互いに抱えてきた過去の難題を改めて思い出し、この一戦を観戦する上で、少しだけ知識を吸収する器を広げるに至るのであった。
……
……
……
『ブックマークの登録』や『いいね』また、ページの一番下から『評価点』を付けていただけると作者のモチベーションが上がります。宜しければお願いします!




