1973.思いやりの気持ち
「おっと、少し待てソフィ」
ソフィが戦闘態勢に入り始めたのを見た王琳は、自身も戦闘態勢を取りかけたところで何かを思い出したようにそう告げるのだった。
「む?」
第三形態になる事で生じる形態変化で、背中から黒い羽を生やしたソフィは王琳の言葉に高め始めていた『魔力』を上昇させずに留める。
「先に屋敷の中で忠告をしておいたおかげで、ここに居る者達は少しはマシな連中が揃っているようだが、それでも確認だけはしておかなければなるまい?」
王琳はそうソフィに告げると、視線をシゲン達に向けた。
そしてそのまま王琳は『九尾の大妖狐』と呼ばれていた本来の姿になる。
次の瞬間、人型の時とは比べ物にならない重圧が彼らに襲い掛かり、ヌー達はあまりの衝撃に顔を歪ませる。
「どうやらここに居るお前達は、俺の強さの『質』が変わった事に気づけるだけの力ぐらいは有しているようだな? だが、これから行う戦闘では、こちらはお前達の事など気にも留めない。つまりは俺の攻撃の余波でお前達が怪我をする事があろうが、一切手を止めるつもりはないという事だ。死にたくなければ、今すぐにここから出るといい。単なる興味本位で命までは落としたくはあるまい?」
妖狐本来の姿となった王琳の言葉を聞いたヌーやイツキは、いつものような軽口を言い返すでもなく、苦難に顔を歪めたまま苦笑いを浮かべていた。
――今の王琳は、ただ単に見た目が人型から妖狐の姿になっただけではない。
王琳から感じられる重圧は、この場に居る事を拒否したくなるような気持ちにさせる程であり、戦闘が始まれば更にその気持ちは大きくなるだろうと容易に予想がつく程であった。
特に先程から脂汗を浮かべているヌーやイツキとも異なり、退魔士としての『魔力』すら持っていないシゲンやミスズには、これからの戦いで王琳やソフィの『魔力』の高まりによる余波に対して、あまりに無防備にならざるを得なくなるだろう。
たとえランクでは同じ『8』以上に達する事が出来ているであろうミスズの戦力値であっても、耐魔力という点を考えれば、決してヌー達と同じランクだからと安心が出来るわけではない。
これは『数値』や『ランク』を短絡的に考えるようなものではなく、如何にこの場で生き残る事が可能かを判断出来るかが大事なのである。
強さでは『ミスズ』や『シゲン』もヌーやイツキに引けを取らないかもしれないが、大きな『魔』の概念、つまりはその内にある『耐魔力』を持たないミスズ達にとっては、あまりにもこの場は相性が悪すぎる。
直接戦うならまだしも、ただ単に観戦するだけで死ぬ可能性がある以上は、この王琳の戦う前に行った発言如何は、何よりも有難い『忠告』と言えただろう。
「ミスズ、お前は奴の言う通りに外に出ているといい」
「そ、総長……。し、しかし私は妖魔退魔師の副総長として、この戦いを見届ける必要が……!」
どうやら彼女なりの組織の副総長としての矜持を持っており、この王琳とソフィの戦いは自身が生きている内には、もう二度と見る事が出来ない程の貴重な一戦と判断している様子であった。
――そしてそれだけではなく、何よりも『剣士』としての『ミスズ』個人が、自分の強さを遥かに超えている『強者同士の戦いを見届けたい』と感じている事が、何よりの理由で全てと言えるようであった。
シゲンに対してミスズがそう言い返すのを聞いた王琳は、更に『ミスズ』だけに重圧を掛けるように、大きく『魔力』を高めていく。
これは嫌がらせをしようとしたのではなく、むしろ『ミスズ』を死なせたくないと考えた王琳なりの人間を慮る行為であった。
「うっ……、ぇっ!?」
一瞬、苦痛に顔を歪ませたミスズの前に、エイジが盾になるように前に立つと守る為に『結界』を展開するのだった。
「では、小生がお主らを彼らの『魔力』の余波から守る為に手を貸そう。妖魔召士の長として今後、協力関係を結ぶ大事な同盟の方々を守るのは当然の事だからな」
彼はそう言って、驚いた様子で自分を見ているミスズに笑顔を向けるのだった。
「!?」
エイジのおかげで苦しさから解放されたばかりのミスズは、彼の笑顔を見た事で顔を真っ赤にさせて、ばくばくと心臓の鼓動が大きくなり始めた胸を必死に両手で押さえるのだった。
「ふんっ、ならばもう勝手にするがよい」
王琳はそう言って視線をミスズ達からソフィへと移すと、小さく溜息を吐くのだった。
「クックック!! 本当にお主は良い奴だな。我はお主のような者を非常に好むぞ。非常にな……!」
ソフィは王琳のミスズ達を慮る気持ちに感心した様子を見せたかと思えば、四翼の黒い羽だけではなく、口から鋭利な犬歯を見せて『魔族』としてのソフィの姿を見せ始めた。
――それはまるで、第二形態の時の高揚感に包まれた時の彼の姿と酷似している表情だった。
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