1962.一組副組長のヒナギク
「さて、それでは王琳の言うように、今しばらくはここで待つとしようか」
ソフィがそう言うと直ぐ、五立楡がソフィの為の席を用意してくれるのだった。
「ソフィさん! 王琳様の用意した場所へは私が案内しますので、もうしばらくここでお待ちくださいね」
五立楡はソフィの為に用意した椅子を引いて座らせた後、上機嫌でそう口にするのだった。どうやら彼女がここまで上機嫌なのは、ソフィを決戦の場所へ案内する役目を六阿狐が譲ってくれたからだろう。
実際に場所へ向かう時は他の面々も居るわけだが、その場所で戦いを直に見る事が出来るのが彼女にとっては何より重要な事だったのだろう。
ソフィを椅子に座らせた後もその場所から離れず、ずっと笑顔のまま従者のように背後に立つ五立楡に、ソフィは一体何故自分にここまでしてくれるのかと尋ねようとしたその時だった。
「少し宜しいかしら?」
「むっ?」
ソフィの記憶にない妖魔退魔師の制服を着た女性は、返事をする前に勝手に彼の隣に腰を下ろすのだった。
「貴方がソフィ殿で間違っていないかしら?」
「うむ。その通りだが、お主は?」
その妖魔退魔師はソフィで間違いないと分かった瞬間に、不機嫌そうな表情を浮かべて口を開くのだった。
「私は妖魔退魔師幹部にして一組副組長を務める『ヒナギク』と申す者ですわ。貴方がヒノエ組長を誑かしたソフィ殿でお間違いないのですね?」
「我は別にヒノエ殿を誑かした覚えはないが……」
「とぼけないで下さい! ヒノエ組長がおかしくなったのは貴方が原因なのでしょう!?」
ヒナギクと名を告げた妖魔退魔師の女性は、声を掛けてきた時の優し気な表情から一転、まるで豹変したかのように机を叩いて立ち上がり、ソフィに突っかかってくるのだった。
しかしヒナギクが続けて何かを口にしようとした瞬間、ソフィの後ろに立っていた五立楡が右手の鋭利な爪をヒナギクの首筋に突きつけていた。
「どういうつもりかは知りませんが、それ以上ソフィ様に近づけば殺します」
五立楡がそう告げた瞬間、動けぬヒナギクの首筋から一筋の赤い血が滴り落ちていく。もちろん五立楡は個人的にソフィの事を気に入っていて私情も多分に含んではいるのだろうが、それ以上にソフィは主である王琳の大事な願望を叶える相手である。そんなソフィに敵意と呼べるものを向けてきたヒナギクに対して、王琳の眷属の妖狐が何もしないという選択肢を取る筈がなかった。
当然にこの場に居る他の妖狐達は勿論の事、七耶咫と今後の予定を話していた王琳、そして耶王美と楽しく談笑をしていた大魔王エヴィがオーラを纏いながら、ヒナギクに殺意を向けて睨みつけていた。
五立楡が先に動かなければ大魔王エヴィは、ソフィに詰め寄ろうとしていたヒナギクに『呪法』を飛ばして殺すよりも惨い目に遭わせていた事だろう。
「ひ、ヒナギク! て、てめ、何をしていやがる!!」
シゲンやミスズ達の元に居たヒノエが、今の状況に慌てて走り寄りながらそう声を掛けるのだった。
「ひ、ヒノエ様……!」
「五立楡殿、手を下ろしてくれぬか? それにエヴィも落ち着くのだ」
「分かりました」
「……僕はお前の顔、覚えたからな」
ソフィの言葉に五立楡は直ぐに従ったが、エヴィだけはまだ収まりがつかなかったようで、目を金色にさせながらヒナギクから視線を外さぬままにそう告げるのだった。
シゲンやミスズも会話を止めて動きかけたが、先にヒノエが動いた為にその場から動かずに、その場所から深々とソフィに頭を下げて謝罪を行っていた。
そんな両者にソフィも直ぐ頷きを返して頭を上げさせるのだった。
「も、申し訳ありません! し、しかしヒノエ組長を連れていかれるのを指を咥えて黙って見ているだけなんて、この私には出来ませんの!! 連れて行くというのであれば、この私を……」
「ば、馬鹿野郎! こ、こんな大事な時に手前は何を言っていやがるんだ!!」
ヒノエは怒りで顔を真っ赤にしながら思いきりヒナギクの頬をはるのだった。
パシンというような生易しい音ではなく、骨が砕けるような鈍い音を周囲に響かせながら、ヒナギクは思いきり壁に向かって吹っ飛ばされていき、壁に激突した後に痙攣を起こしながら気絶するのだった。
「そ、ソフィ殿! それに王琳殿もすまねぇ! 今日みたいな大事な日に私の馬鹿な部下がケチをつけるような真似をしちまった! 私が腹を切って詫びるから、この場はそれでどうか収めてくれないか……っ!」
「待つのだ、ヒノエ殿……!」
そう言ってヒノエは思いきり胸元をかっ開くが、ソフィがそこでヒノエの手を掴んで制止するのだった。
「王琳、すまぬが我達は少し席を外す。それと我に一部屋貸してもらえぬか?」
「……五立楡、お前がソフィ達を部屋に案内しろ」
「か、畏まりました! どうぞこちらへ……!」
「すまぬな、恩に着るぞ」
「構わぬ。早く話をつけて戻ってこい」
「うむ、そうするとしよう」
そう言ってソフィは立ち上がると、壁に激突して気を失って倒れているヒナギクを担ぎ上げて、ヒノエと共に部屋を出た後に五立楡の案内に従いながら、この場から離れて行くのだった。
そしてそんなソフィ達を無言で追いかけようとするエヴィの手を耶王美が掴んだ。
「エヴィ、駄目だよ? 今だけは後を追っちゃいけない」
「耶王美!? で、でも……!」
「てめぇは本当に空気が読めねぇ魔族だな。今ソフィの元に向かったら、他でもないてめぇ自身が後で後悔する事になんぞ?」
「ちっ……!」
どうやら頭では理解していた様子のエヴィだが、気持ちが先行しすぎていたらしく、耶王美とヌーに言われてようやく止まる事が出来た様子であり、行き場を失った彼は、仕方なくその場で舌打ちを行うのであった。
……
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