1960.決戦前夜
決戦を明日に備えた前日の夜、ソフィが『鉄紺』の『力』の体現を果たしていた頃に王琳は、自分の眷属を全員自分の部屋に集めていた。
「明日は俺にとっては、とても大事な意味を持つ日となる。俺とソフィの戦いに邪魔が入らぬように、お前達には全力で山の監視を頼む」
「承知しております」
まず側近の一体である七耶咫が主に返事を返すと、一尾の『壱理』から六尾の『六阿狐』までが同様に頷いて見せた。
そして腕を組んで何かを考えていた八尾の『耶王美』が、その一尾達の様子を見届けた後に口を開く。
「それで王琳様、どの拠点を使おうとお考えですか? 全力で戦われる以上は、我々眷属の育成所として使っている平地エリアか、全体を見渡せる草原エリアの使用となるかと思われますが」
どうやらこの場所と同様に、妖魔山の中にはまだ王琳が管理する隔絶された『空間』をいくつも保持しているのだろう。
『妖狐族』が別種族と戦争状態となった時、妖狐達の姿が一斉に掻き消えるのには、この王琳が持つ『空間』で各々が戦闘態勢を整えて作戦を講じるからに他ならなかったようである。
「ああ。それなんだがな、勿論俺の持つ空間を用いる事は間違いないが、その上でソフィに付き従っている魔神が用意した場所に『結界』を施す事になるそうだ」
「か、隔絶された場所に更にですか……? な、成程、確かに主がソフィ殿と戦うならば、やはりそれくらいの準備が必要となるかもしれませんね」
本来は隔絶された空間で戦うとなれば、思う存分『力』を行使しても外側に余波を齎す事がない為、耶王美のように戦う場所の指定を決めるだけに留める話し合いを行うのだが通例なのだが、彼女は直ぐに相手がソフィなのだという事に思い至り、王琳が口にした通りに魔神の『結界』が必要なのは当然の事なのだと思い直したのであった。
「この中にもソフィが実際に戦うところを見た者も居るだろう?」
王琳の問いかけに眷属全員が首を縦に振って同意を示す。
「まぁ、実際にお前達が見たというのは『帝楽智』殿や『天従十二将』を含めた天狗共の時だろうが、ソフィが本来の力を出せば、隔絶された空間くらいならあっさりと突き破って、それだけに留められずにこの山そのものを崩落……、いや全壊させて沈められてしまうだろう」
「そ、それ程までなのですか!?」
二尾の『二瑠』が、唖然とした表情を浮かべながら主に尋ねるのだった。
「アイツが本気になれば、この山に居る全種族が束になって戦おうとしてもどうにもならないだろうな。単純な戦力値だけで言えば、神斗殿や悟獄丸の数倍はあると俺は見ている」
――アイツの息の根を止められる可能性があるのは、この俺だけだろう。
王琳の直属の眷属である『壱理』から『耶王美』までの妖狐達は、その全員が主の願望を理解している。
彼の直属の眷属である妖狐達だが、それでも眷属となった年月には開きがあり、当然八尾の『耶王美』と一尾の『壱理』では数千年間という年月の差がある。
それでもそんな『壱理』にも十分に主の願望の理解を示す事が出来ている。つまりそれだけ王琳の願望は長い年月叶えられる事はなく、ずっと内包を続けながら数千年間、この山に君臨し続けてきたという事である。
耶王美や大魔王エヴィのように万に届く年月には届かないまでも、百年や千年程度の短い年月ではなく、壱理でさえ数千年間をこの願望を内包する主と共に生き続けてきたのだ。
先程のソフィの息の根を止められるのは俺だけだと宣言して見せた、主の抱く気持ちに気づいたこの場に居る眷属全員が気が付けば涙を流していた。
当然王琳が負けるとは思ってはいないが、眷属たちは勝ち負け云々というよりも、王琳自身が諦めかけていた『強き者との死闘』が今回実現するのだと、そんな主の心待ちにしている様子を感じ取って、涙を見せたのであった。
そして王琳もまた、眷属たちの涙を流す姿を見た事で、ソフィと戦う事による高揚感を消して冷静になったかと思えば、何処か呆れたような笑みを浮かべるのだった。
「何も泣く事はあるまい……」
王琳は椅子から立ち上がると『壱理』から順番に、感謝を示すように自分の胸に抱き入れていくのだった。
感極まって眷属全員が声を上げながら涙を流している中、八尾の耶王美は主である王琳に向けて口を開くのだった。
「王琳様、負けないで下さいね」
差し出された耶王美の右手の掌に王琳は、自分の手を叩きつけた後、互いにぎゅっと手を握り合った。
「任せておけ」
互いに交わされたその握手には、言葉だけでは足りない想いが込められているのだった。
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