1958.種族の寿命と価値観の違い
「誰かと思えばお主か神斗よ、私はお主まで呼んだ覚えはなかったが、どうやらその様子では話を聞いていたようだな」
「まぁ、ね。それより酷くないかい? 君は僕の『魔』の概念理解度を上げてくれるという話だっただろう? それなのにさっきの話だと君は別世界へ行った後、僕以外の奴を鍛えようとしているじゃないか。もしかして君の教え子の『エイジ』って子達にあんな風に言ったって事は、もう気が変わって僕に教えるつもりはなくなったと捉えていいのかな?」
シギンの元に現れた神斗はそう言って笑ってみせるが、よく見ると目は笑っておらず、僅かながらに殺気すら纏わせていた。
「そのように威嚇をせずともお前との約束を違えるつもりはないぞ。エイジやゲンロク達に妖魔退魔師と協力するように告げたのは、今後お主や王琳達をアテにしすぎぬようにと、人間達で自分の里を守るという意識を持たせる為であっただけだ」
「それは本当の事なのかなぁ? 言っちゃ悪いけど君は見た目だけは若いけど、実は年齢はそこまで若くないだろう? 色々と遠回りを行って僕に『魔』を教えてくれる頃には寿命で亡くなる何て、そんな真似だけは止めてくれよ?」
その神斗の言葉に何かを言おうとしていたシギンは口を噤むのだった。
「これは僕の見立てだけど、君はもうあと数年後には寿命で亡くなる筈だ。君は妖魔と戦う為に『魔』の概念を用いて、強引に肉体を若い頃のまま維持し続けてきたようだけど、そんな無理をいつまでも続けられるとは思っていないよね? 残念ながら君が如何に僕達のような長寿の存在に見せかけだけは真似出来たとしても、寿命だけは偽る事は出来ない。君が『人間』である以上は……、ね」
シギンは無表情のまま、神斗の口にする言葉に否定が出来ずに無言で見つめるだけだった。
「本当に惜しい事だよ。君が僕達と同じ妖魔で居てくれていたら、友として長く付き合っていけたのに」
「お主と友になっていたかは分からぬが、確かにもう少し寿命が長ければ、私も更に『魔』の概念理解度を高められたのにとは想い続けてきた。お主に言われるまでもなく、私はもうそんなに長くはない事は承知している。実際に煌阿との戦いの最中、幾度となく頭で考える動きと実際の動きに乖離が見られ始めていた。貰わなくていい筈だった一撃を貰ってしまい、更には当てられる筈の攻撃も避けられてしまっていた。いくら戦う術を身につけていたとしても、自在に四肢や頭脳を動かせぬようになってしまっては意味がない……。だからこそ、私が生きている内にエイジに、いや、エイジだけではなく、その次の世代の者達の為に、人間達は出来る協力を惜しまないで今後の妖魔達の襲撃に備えておいて欲しいと思ったのだ!」
強く拳を握りしめながら、シギンは真剣な表情で神斗に語り始める。
「はぁっ……。だから王琳も僕も里を襲わせないように協力するって言っているだろう? そんな風に思い詰めなくてもさ、少しは僕達を信用してくれてもいいんじゃないかい?」
「お主や王琳を信用していないわけではないさ。ただ、お主達のその里を襲わせないという約束は、精々がエイジ達の代までの話に過ぎぬのだろう?」
「!」
シギンのその言葉に、神斗は笑っていた表情を戻しながら目を鋭くさせるのだった。
「ソフィ殿と戦う為にミスズ殿達と約定を交わした王琳や、私がお主に『魔』の概念技法を教えたからと言って、そんな一度だけの協力でいつまでも効力を持たせ続けられると思っている程、私も馬鹿じゃないさ。あくまで今回の約定によって、我らの代までは約束通りに平和を齎せてくれるのだろう。もしかするとお主や王琳は、エイジの後の代まで少しだけサービスをしてくれるかもしれない。だが、結局は人間が自分達の手で里を守るという覚悟を持ってもらわねば、お主達の庇護下を離れた瞬間に終わってしまう事は変わらない」
「やっぱり君は変わっているよ。そんな未来がきたとしてもさ、その頃にはもう君は生きてはいないんだよ?」
シギンの今を中心とする話の内容には理解を示した様子の神斗だが、自分達が居なくなった後の未来の話については全く理解が出来ないとばかりに疑問を投げかけるのだった。
「それはな神斗、寿命の差が齎す種族間の感性の違いだろうよ。お主ら長寿の存在が考えるより、人間達は『今』よりも『未来』を重視する傾向にある。例えばお主らが百年後、二百年後の話を話し出したとしても、私達にはその頃の話を自らが辿り着けない『未来』の話にしか捉えられない。だがお主らは少しだけ『今』よりも『未来』なだけであって現実的な話として口にする事が出来る。さっきお主は『そんな未来が来ても君は生きていない』と口にしたが、受け取り方は異なるが、まさにその言葉通りなのだよ神斗。お主らにとってはそんな未来を身近な少しだけ先の話に過ぎないだろうが、私や人間達にとっては、直にその未来を見る事も体験する事も出来ない。だからこそ、自分の想いを次の世代に繋げてその想いを連れて行ってもらう他にないのだ」
「うーん。それが君が口にする感性の違い、つまりは価値観の違いなのかな? 僕は自分が死んでしまった後の事などは考えないし、死後その世界がどうなったところで僕にはもう関係がないと考えてしまうのだけど、確かに君の言う通りで、君達にとっては短い寿命で経験した『今』の体験を『未来』に託そうとする傾向にあるみたいだね。君との話は非常に考えさせられる。これは本当に貴重な体験をさせてもらっていると感じるよ。だから君が生きている内に僕に『魔』の概念技法……『透過』を含めたあらゆる知識をくれるというのなら、改めて僕は君の思い描く『未来』に生きる者達の手助けをすると約束しよう。そうだな、王琳が約定を破棄する時が来たら、僕が再び王琳と話し合いをする場を設けて少しでも約定の期間を延ばすと約束するよ」
「そうか。それはとても助かる話だな……」
この僅かな神斗との会話の時間でたとえ少しであっても、未来に生きる人間達が妖魔達に襲われる可能性を低く出来たのだとしたら、シギンにとっても有意義な時間であると言えるのだった。
「でもさ、寿命というのは本当に酷だよね。君や卜部官兵衛、それにあのシゲンと名乗っていた妖魔退魔師にしてもそうだけどさ、最低でもこの三人の寿命が僕達と同じ程に長ければ、今頃は君が口にしていた『未来』の懸念を何一つ抱く事なく、自分達の力だけで乗り越えられただろうにね」
別にこれはシゲン達が自分より強いからだと言っているわけではなく、一定の強さを持てる人間達が長く存在出来れば、他者に託さなくとも自分の力で乗り切れるだろうにと神斗は口にしたのである。
「だが神斗よ、人間の寿命のサイクルが短いからこそ、色々な知識を吸収して次の世代へ繋げようと必死になるのだ。長い寿命を持つ種族であればある程、その『未来』に繋げようとする意識が薄れてしまうのだろう。強さを自らが維持し続ける事と、強くなる知識と繋げようとする意識を持つ人間、どちらも何百年、何千年後の先の『未来』では、種さえ途絶えていなければ、互いに強力な存在として君臨し続けられる事は変わらないと私は考えている」
「まぁ、それは途絶えなければの話だね。ああ、だから君は『未来』に生きる人間達を途絶えさせないように立ち回っていたわけか。ああ、だからか……。ようやく君という人間の思想を理解したよ。当たり前の事過ぎて失念していたけど、こうして今君と話をしなければ、こんな結論は出なかった。同じ答えなのに、全く意味合い違ったようだ。やっぱり君との話は非常に貴重だ。君があのヌーっていう子と一緒に別世界に行くというのであれば、僕も連れて行ってはくれないかい? 君の残りの寿命の事を考えれば、少しでも長く居たいんだけど」
「それは私に言われても困るな。直接ヌー殿と交渉をしてみたらどうだ?」
「うーん、うん! そうだね、そうする事にするよ。もし同行が許可されたら、よろしく頼むよ。それじゃ失礼するよ」
そう言って神斗は、踵を返してゆっくりと『中央堂の間』から去って行った。
「別世界……か。今更になって私自身が別世界へ向かう事となるとはな。先に外の世界へ出たサイヨウもかつてはこんな気持ちを抱いていたのだろうか……」
再び自分以外に誰も居なくなった大広間で一人、静かに独り言ちるシギンであった。
……
……
……
※本当であればシギンも次世代に思いを託すのではなく、自分の目で判断して自分の耳で聴いて、未来をしっかりと生きて感じたいと願っています。そしてそれは、別世界へ向かう事が決まった今でも、新しく知見を広めるには余りにも彼の残された寿命は短く、嬉しくもあり辛くもあると言える心境を抱えているのでありました。
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