1952.ソフィ達が認める天賦の才
そしてソフィがここにきてから二日が過ぎ、王琳との戦闘を明日に控えた前日の事であった。
用意された自室で魔神と話をしていたソフィの元に、神斗を連れ立ったシギンが現れるのだった。
「ソフィ殿、話があるのだが、今いいだろうか?」
「むっ、構わぬよ。今部屋を開けよう」
ソフィと楽しく話をしていた魔神はシギン達の登場に顔をしかめたが、ソフィは直ぐに立ち上がって来訪者であるシギン達を部屋に迎え入れるのだった。
「魔神殿と歓談中のところであったか、これはすまぬな」
「クックック、何も問題はないぞ。それでどうしたのであろうか?」
「もうすぐ元の世界に戻られるお主やヌー殿に伝えておきたい事があってな。これから会合が行われたあの部屋に集まってもらえぬだろうか。すでに王琳に部屋を使う許可は取ってある」
「むっ? それでは直ぐに向かうとしよう。我達の世界に関係する事なのであれば、エヴィの奴も呼んでも構わぬか?」
どうやらシギンの話がこことは異なるソフィ達の居た世界の話だと聞いて、エヴィをのけ者にすればまた悲しませてしまうとソフィは判断したのだろう。同席をさせてもいいかとばかりにシギンに尋ねるソフィであった。
「ああ、構わない。こちらもエイジやイダラマにゲンロクを呼んでいる。それではご同行願おう」
どうやらシギンが今挙げた者達の名が意味するところは、妖魔召士組織が関係している事なのだろうと察したソフィは直ぐに頷いて言われた通りにシギンについていく事にするのであった。
当然そんなソフィの後を魔神も付いて来ていたが、楽しくソフィと会話をしていたところを遮られて、終始不満そうな表情を浮かべるのであった。
……
……
……
前回会合が行われた『中央堂の間』と妖狐達が呼んでいた大広間に案内されると、すでにそこには大魔王ヌーとテア、妖魔召士のエイジとゲンロク、そしてエイジ達と同じ紅い狩衣を着たイダラマの姿があった。
しかしそこにはウガマといったイダラマの護衛達の姿はなく、あくまで妖魔召士組織に関係する者達と、別世界の者達であった自分達だけしか呼ばれていない様子であった。
「ふむ、見たところ『魔』の概念に秀でた者達が揃っている様子だが、イツキ殿や、神斗や王琳といった魔力の高い妖魔達が集まっているわけでもない。これは一体どういう集まりなのであろうか?」
少し変わった人選に思えたソフィは、気になった事をそのまま口にするのだった。
「それを含めて今から話そうと思うのだが、少し聞き耳を立てている者達が外に居るようなのでな、少し待って頂きたい」
シギンはそう告げると、右手の二本の指を口元に充てながら何かを呟き始めた。
ソフィやヌーは過去にエイジが同じような事をしていたところを見ていた為、どうやらシギンは『捉術』と呼ばれる『魔』の技法を用いたのだろうと察した。
一見、部屋の中の何かが変わった様子もなく、別段『結界』が張られたというわけでもないようにソフィ達は感じるのだった。
「一体何をしやがった?」
どうやらソフィと同じでシギンがやった事に見当がつかなかったヌーが、抱いた疑問をそのままシギンに尋ねるのだった。
「何、少し煌阿、いや、元々は私の先祖が用いていたであろう『理』を試しに使ってみただけだ。お主らであれば直ぐに気づけるかと思ったのだが、どうやらこれはお主らの世界にはない『理』であったようだな……?」
「どういうこった……?」
「――」(ソフィ、今この場には風精霊の『理』から生み出される『魔』の概念が使われているみたいよ。どうやら音や声といったモノを外側に漏れ出ないように遮断させているだけみたい。しかし精霊の用いる『魔』の概念というよりは、あくまで風精霊達の用いる魔の根源たる『理』の源だけのようね。魔法が用いられているわけではない為に、単なる効力からでは貴方たちが気付かないのも無理はなさそうね)
「テア、何だって?」
「――」(どうやら力の魔神様が言うには、こことは違う別世界の精霊たちが使う『理』を使われて、音や声をこの場から漏れださないように隔絶させたみたいだよ。でも魔法とは違って精霊達の『理』の基となっている部分が使われているから、気づかないのも無理はない……、だって)
「別世界の精霊共が使う『理』だと……? まさかここの連中は『概念跳躍』まで使えるのかよ!?」
ソフィと同じ疑問を抱いたヌーが、その疑問を先にこの場で口にするのだった。
「やはり、ソフィ殿やヌー殿達のような別世界から来た者達には思い当たる事があったようだな。この『理』は煌阿が使っていたもので、実際に私もあの洞穴で直に封じられていなければ、どういう原理で齎されるのかを理解が出来なかった。煌阿の奴も自身で編み出したというわけではなく、あくまで私の先祖が使っていたのを奴の『特異』で利用していたに過ぎぬだろうがな」
「シギン殿、気になる事があるのだが、そのように簡単に別世界にある『理』そのものに『理』から生み出される魔法の数々を一目見ただけで、まるで元から自分のモノであったかのように扱う事が出来るのだろうか?」
ソフィはヌーとは少しだけ異なる疑問をシギンに抱き、抱いたその疑問を解消するべく言葉に変えた。
あくまで大魔王ヌーは『概念跳躍』を使える者が居るのかと疑問を抱いたが、ソフィはその前段階と呼べる『理』そのものを全く世界が異なる住人が扱える事に疑問を抱いたのであった。
何故ならソフィもまた、かつて『リラリオ』の世界でユファから『レパート』の世界の『理』の『魔法』を得ようと試みた事があるのだが、その時は『魔力回路』から出した魔力を全身に行き渡らせずに、魔法を先に思い浮かべるという『レパート』の『理』にある魔法行使方法を会得するだけでも、それなりに何千年と『魔』を使い続けた魔法使いであるソフィでさえ、相当に時間を要したのである。
それを煌阿という妖魔や、目の前に居るシギンは一度自ら体験しただけで、ここまである程度自在に扱えている事にソフィは疑問を覚えたのであった。
「その質問に答える前にまず言っておきたい。勘違いして欲しくないのは煌阿が『魔法』や『理』を使える理由と、私が今のような他世界の『理』を扱えている理由が全く異なっているという事だ。あやつは『特異』で他者から受けた事のある『魔法』やその『魔法』を生み出す『理』をコピーに近い要領で扱う事を可能とするようだが、私にはそのような真似は決して出来ない。私が『理』を扱えている理由は、実際にその『理』や『魔法』の齎す事象に対する『発動羅列』をこの目で観察したり、自らその事象を体験し、理解する知識をもっているからだ。そして見たり体験した感覚から『魔力』の流れの順序を予測してどのような『理』かを構想した上で、独自に組み立てた理論を用いて『効力を再構築』しているだけに過ぎぬのだ。だからお主らが口にした『精霊』が扱う『理』の原理を理解してはいるが、実際に精霊が扱う『理』の全てを理解出来たわけではない。まぁ、精霊の『理』の全てを理解出来ずに一部の『理』を見て扱えるという点では私と煌阿は近しいと言えるがな」
「いや、ちょっと待てや……。むしろ『特異』を用いて相手の『魔』の概念を奪える『煌阿』より、特別な概念技法もなしに単に目で見たり、知識と体験だけであっさりと効力を真似る事が出来やがるてめぇの方が、もっと有り得ねぇだろうが!」
ヌーの感想には再びソフィも同意見であった。
当然に『精霊』と直に契約を交わした事や、その世界の『理』そのものを完全掌握しているわけではなく、単に相手が使った『魔』の概念技法に限定される話ではあるようだが、シギンは体験してその目で理解をする事で相手が使った技法を覚えられるというのであれば、それは煌阿よりも遥かに優れていると言えるだろう。
もちろん理解出来ずに相手の『魔』の概念技法、及び『理』そのものを自分のモノにする事の出来る煌阿の『特異』も相当に優れていると言えるのだが、これはあくまでオリジナルの効力の凡そ七割程度にまで下がってしまうが故に、その点でもシギンに軍配が上がると言えるだろう(※煌阿が『特異』を用いて真似て使う『魔』の概念が、凡そ七割までだという事をシギンも与り知らない)。
「ではシギンよ、お主はすでに我が目の前で使った『救済』や、その他の『魔』の技法を全て会得出来ておるという事か?」
ソフィは少し前に神斗に対して『救済』を使った時、シギンはそれを見てソフィに自分に『理』を教えて欲しいと口にしていた。つまり、今の理論が正しいのであれば、ソフィに教わらずとも自力で蘇生を行う『救済』の『魔法』を効力を省みて再構築し直した『魔』の概念技法に置き換えられるのではないかと考えたのであった。
「――いや、それは無理だな。私のこれまでの『魔』に関する理解を上回るような現象に関しては、それを証明する手立てを確立させられないから無理だ。そもそも死人を蘇らせるなど経験どころか知識としてすらなかった」
つまりそれは裏を返せば、シギンという妖魔召士は自らの経験で得た知識があれば、事象と効力を理解する事で十分に新たな新魔法として生み出す事が可能だと口にしたようなものである。
そしてそれはつまり、かつて大魔王フルーフが大賢者エルシスの『神聖魔法』の発動羅列を読み解き、そこから羅列の一部を変えて、効力を齎す速度の向上を達成した時のように、基の『魔法』から『改善』や『改変』を行う事も可能性としてはあるという事だろう。
これまで生涯の大半を『魔』の概念に捧げてきた大天才だからこそ、それを行うことが可能なのだろうが、フルーフに編み出させた新魔法を会得するのに、こちらは何十年もかかった大魔王ヌーや、未だに『リラリオ』の世界でユファから『理』と『発動羅列』を教わって長らく経ち、それでも『概念跳躍』を覚えられるに至っていない大魔王ソフィにしてみれば、シギンの『魔』の概念理解度が自分達より遥かに優れており、そしてそれは真似しようとしても簡単には行えない、まさに天が与えた天賦の才と呼べるものなのだろうと理解するのであった。
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