1948.ヒノエの気持ち
※誤字報告ありがとうございます!
シゲンをはじめとする妖魔退魔師組織の者達は、王琳の眷属である妖狐に山の麓まで案内をしてもらい、無事にその足で『コウヒョウ』の町まで戻ってきていた。
彼らの足であればその日の内にもう少し進んだ旅籠町まで辿り着く事も可能であったが、妖魔山での疲労が溜まっていた事に加えて、今はサカダイの町を襲撃したイダラマとコウエンの一派であった『守旧派』の妖魔召士達も連れ立っている為、ひとまずこの日は『コウヒョウ』で一泊していく事となったのである。
そして人数分の宿の手配や今後の事についての話し合い等を終えて、ようやく部屋に戻って来る事が出来たヒノエは、用意されている布団に倒れるように横になった後、ソフィと別れる時の事を思い出して頭を抱えながら足をバタバタとし始めるのだった。
「ああああっ……! 私はソフィ殿に何て事を口走っちまったんだぁ……!」
彼女は妖魔山からサカダイに戻るとなった時、別れ際のソフィの顔を見て色々と内に秘める思いがこみ上げてきてしまい、衝動的にソフィにキスを行った挙句に本音をぶつけてしまったのであった。
もちろんシゲンやミスズをはじめとする妖魔退魔師の仲間達もその場に居た為、全員がヒノエの告白を知っているが、ここに来る道中だけではなく、今後の組織の話し合いの場でさえ、その時の事が話題に挙がる事もなかった。
どうやらあの時の事は、ヒノエの事を慮って皆も聞かなかった事にしてくれているようである。
山を下るまでの間は、ヒノエも本当の事をソフィに告げられたという達成感やら興奮やらで何も思わなかったが、徐々に時が経つにつれて彼女も冷静になり、部屋に一人となった今は、まさにご覧の有様というわけであった。
「全く何をやってんだよ、私は。いい大人が恋を夢見る乙女じゃあるまいし、それに私は数多くの組の隊士を任されている一組組長なんだぞぉ……!」
ヒノエは一人そう言い終えた後、再び布団をばたばたと足で叩いて、枕に紅くなった顔を埋めるのだった。
それでも彼女は本音を告げた事に関しては後悔はなかった。照れてはいるし、ソフィに対して困らせるような真似をしてしまったという自覚もあるが、ソフィに対して抱くこの気持ちに本当に偽りはない。
――彼女は、心の底からソフィに恋をしてしまっている。
これが一時の気の迷いではない事は、彼女自身これまで行ってきた数多くの恋愛経験からも理解しているつもりである。そしてソフィに対するこの恋心はこれまでで間違いなく一番であるという事にも。
そして同時にヒノエは、この恋心が成就する事はないだろうという事も分かっていた。
「私とソフィ殿は住む世界が違いすぎる……」
それはソフィが別世界から来たという意味での住む世界が違うという意味ではなく、人間と魔族という別種の種族であることに加えて、お互いの年齢差におかれた環境も異なり過ぎているという意味であった。
そして顔を隠すように枕に顔を埋めていたヒノエだったが、身体を動かして仰向けになると、今度は宿の天井を見つめるのだった。
「やっぱりまだ恥ずかしさは残っているけど、言えた事に後悔はなかったかも……。あの時にソフィ殿に告げられずに別れていたら……、きっと私はいつまでも後悔し続けていただろうしなぁ」
この気持ちに蓋をして生きていくには、少しばかり大きくなりすぎてしまっている。言わずに後悔するより結果がどうであれ、伝えられた事に対する安堵感の方が精神衛生上では勝っている事は間違いなかった。
ただそれは相手の事を考えなさ過ぎていて、最低な自己満足に過ぎないのだと結論に至り、やはりヒノエは自己嫌悪に陥り始めて、再び枕を顔の上に乗せて大きく溜息を吐くのだった。
そしてそこでコンコンと部屋をノックされる音がヒノエの耳に届く。
「はい?」
ヒノエは顔に乗せていた枕を横に置くと、慌てて布団の横に置いてある愛刀を手にして身体を起こして返事をするのだった。
「ヒノエ組長、今から少しだけお話をいいでしょうか……?」
どうやらこの場を訪ねてきたのは、副総長のミスズのようであった。
「は、はい、全然構いませんよ! どうぞ、入ってください!」
ヒノエは手にした刀を再び畳の上に置くと、部屋にミスズを迎え入れる為に立ち上がってそう声を掛けるのだった。
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