1939.鵺族の中でも非常に厄介な存在
あっさりと王琳の側近である七尾の『七耶咫』の意識を失わせた人間に、三目妖族の『十戒』は唖然とするのだった。
(少し前に赤い狩衣を着た人間が、この山で暴れ回っているとワシ達の元にまで話が挙がってきていた。あまりに荒唐無稽な内容であった為に、単に噂が噂を呼んで情報が錯綜しているものだと考えていたが、王琳殿の従えている妖狐の中でも最側近の七耶咫殿を殺意だけで意識を失わせるとはな……。それにしても同胞だというだけならいざ知らず、自分の眷属がやられてしまえば直ぐにでも報復を行う筈の王琳殿が、七耶咫殿をやられてあのように普通に会話を続けられている事にも驚かされた……。い、一体あの妖魔召士は何者なのだ?)
かつての暴虐を行う王琳という妖狐の事をよく知る十戒にとって、眷属の意識を失わされたというのに平然と笑みを浮かべていられる様子を見て、シギンと名乗っていた人間とはどういう関係性なのだろうかと疑問を抱く十戒であった。
そんな疑問を抱いている十戒を余所に、件の人間は再び口を開き始めるのだった。
「逸れた話を元に戻すが、私のかつての弟子が真鵺達を『式』にしたというのは本当の事だ」
どうやら異議を申し立てていた七耶咫が気を失った事で、このまま話を円滑に進められると考えたのかシギンは、もう隠すような真似をせずに堂々と弟子が『式』にしたと説明を行い始める。
「その頃にはもう私はこの山で生活を行う基盤も整えおいていて、煌阿の様子を探っている時期であったのだが、その弟子は律儀にも『真鵺』達を『式』にした事や、今後はこの世界を離れると伝えに来たのだ」
「ほう」
王琳はシギンの話す内容に関心を持ったようで、目を煌めかせながら頷いていた。
「ではあの事変を止めた人間共の最大の功労者は、お前の弟子で間違いないという事だな?」
その王琳の言葉に大きく反応を見せたのは、シギンではなく『エイジ』の方であった。
「妖魔団の乱は人里に居る大勢を巻き込んだ事変だ。一概に誰がどうであったから助かり、こうなったのだと断言が行えるものではないが、間違いなくサイヨウが居たからこそ、纏まったというのは間違いないだろう」
そのシギンの言葉には、弟子を持ち上げるようなものは一切感じられなかった。
鬼人族の『紅羽』や、王琳の本当の娘である『朱火』。
先程の話からも分かる通り、この両者も『七耶咫』と同程度の力量であるとされており、そのランクは『9』以上で間違いはないだろう。
――だが、何よりも『煌阿』達の使う『呪い』を生み出した『真鵺』は、確実にランク『10』の強さを有する。
朱火や紅羽も強者で間違いないが、幻覚作用を他者に齎し、呪いといった『魔』の概念を含めれば、真鵺は更に比べ物にならない強さと言えるだろう。
「真鵺の奴は戦力値だけに限れば煌阿には及ぶまいが、まともにやり合う前提であれば真鵺だけは選びたくない相手だ」
それは暗に煌阿よりも真鵺の方が、やり辛い相手だと王琳は告げたのであった。
「間違いないだろうな。今のお主はあの頃に比べれば、多少は耐魔力も備わり『魔』の概念理解度も増していると判断が出来るが、それでも先程の刷り込み具合を省みれば、まだ奴と精神戦をやり合えるだけには至っていないと断言が出来る。真鵺とまともにやり合えるとすれば、私かサイヨウのどちらか以外にはまだ、この世界に存在しないだろう」
シギンのその発言は、確信している者が持つ特有の重みが言葉に内包されていた。
「全く、奴だけは本当に厄介な存在だ……」
否定を行いたいのが本心の王琳だが、先程『朱火』の一件ですでに『真鵺』に『魔』の概念では遠く及ばないという事実が浮き彫りになっていて、認めざるを得ないとばかりに渋々と頷いた。
そして『神斗』もまた、王琳と同じような表情を浮かべているのだった。
神斗にしてみれば、自分こそが『ノックス』の世界では『魔』の概念で最前線に立っていると自負していた程であり、蓋を開けてみれば『真鵺』はおろか、同じ鵺であっても『真鵺』より劣っていると見ていた『煌阿』にも差をつけられていて、更にいえば人間である『シギン』にさえ、遠く及んでいないと分からされている。
それ程までに『真鵺』の『魔』の概念理解度は凄まじく、搦め手が上手く嵌りさえすればソフィが煌阿と対峙した時のように、世界を間接的に崩壊させる可能性を秘めているだろう。
こうしてこの世界から姿を消していると伝えられて尚、この場に居る者達から『真鵺』は、鵺族の中でも非常に厄介な存在だと改めて思われる事となるのであった。
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