1938.先入観に囚われた言葉と殺意の視線
王琳だけではなく、山を見渡す事が可能な程の千里眼の力を持つ耶王美でさえ、今の今まで朱火が妖魔団の乱を生じさせたものだと思い込んでいた。
どうやら一度『煌阿』や『真鵺』といった最上位の鵺族の『呪い』の力を受けてしまえば自分の力だけでは正常に戻す事は難しく、またその期限と呼べるモノも際限がないかの如く続くようである。
ソフィも前回『煌阿』に幻覚を見させられた時に、これは幻覚だと最初の方は感じ取れていたが、徐々に違和感そのものがなくなり、本気で過去の『力の魔神』と戦うに至っていた。
このように無意識の内に思考を操作させられてしまえば、如何に強い力を持っていようともどうしようもない。
気が付けば『真鵺』に思考そのものを利用されてしまっており、取り返しのつかない状況に追いやられてしまっている可能性も否めないからである。
今回はソフィの忠臣と呼べる大魔王エヴィが現れた事により、この『ノックス』の世界の崩壊を止める事が出来たが、もしあの時にエヴィが居なければ、八割の力を開放したソフィによって煌阿もろともどうなっていたか分からない。
王琳も戦闘能力という部分では真鵺が自分に匹敵するとまでは思ってはいないが、こういった戦闘とは少し掛け離れた部分に関しては、決して侮れない相手なのだと思い出すに至るのであった。
「色々と過去を思い出して苛まれているところを悪いが、話を戻させてもらうぞ」
王琳がふとシギンの方に視線を向けた時、じっと観察を続けるように王琳を見ていたシギンがそう口にするのだった。
「ああ……」
色々と考えたい事が増えた様子の王琳だが、まずはシギンの話す内容の方が優先だとばかりに頷いた。
「お主らがこの山に居るものとして探そうと考えている様子の『真鵺』だが、すでに奴はこの山には居ない」
「何だと……? どうしてそう言い切れる?」
「妖魔団の乱の後、お主の娘と鬼人族の女王、そして『真鵺』の三体を纏めて『式』にしてこの世界から去った者が居るからだ」
「「!?」」
シギンが口にした言葉をよく理解出来なかったのか、王琳達は分かりやすく驚いた表情を見せるのだった。
「馬鹿な事を申すな! 王琳様のお嬢様に妖刀使いの紅羽、何より鵺共の祖である『真鵺』殿を従えるに値する力を持つ人間が居る筈がなかろうが!」
王琳達と同様に驚愕の表情を見せていた七耶咫だが、直ぐにその表情を一変させたかと思えば、声を荒げてシギンに激昂するのだった。
「本当に? 何故そう言い切れる?」
しかし七耶咫が怒りの声を上げた瞬間、それまでとは明らかにシギンの様相が変化し、少しだけ苛立っているようにも捉えられる表情と声で彼女に言い返すのだった。
「そ、それは当然の事だろうが! たとえ卓越した『力』を有する妖魔召士であっても、お嬢様も妖刀使いもましてや、あの真鵺殿を相手に従える事の出来る人間が存在するはずが――」
「確かに『真鵺』や『煌阿』だけは一筋縄ではいかぬ相手で間違いないだろう。私とて煌阿相手に不覚を取って結界に幽閉されてしまった身であるし、その事は認めざるを得ない。だが、それでも我々ほどになれば技法を使うタイミングと、相手の距離感次第で如何様にも結果は変えられる事だろう。そして朱火や紅羽程度であれば、そんな可能性すら有り得ぬと断言が出来る」
「ふ、ふざけるな……っ! な、何を根拠に……!」
「ふむ、お主は確かに朱火や紅羽と同等程度の強さは持っていそうだが――」
七耶咫に被せるように言葉を発したシギンだが、そこで一度言葉を区切りながら目を閉じた。
――そして彼が再び目を開いた後、決定的な言葉を口にするのだった。
「ハッキリと言ってやろうか? 例えば私がお主を『式』にしようと思えば、この場で一秒すらかけずに従わせられる」
「!?」
その言葉に七耶咫はあまりに驚き、そのまま絶句させられてしまうのだった。
そして七耶咫が言葉の意味を理解して、衝動的に口を開きかけたその時――。
妖魔召士シギンは『煌阿』を相手にしていた時と同等程にまで戦力値を上げたかと思えば、殺意の視線を七耶咫に向けるのだった。
次の瞬間――。
「かっ――」
「おっと……」
七耶咫は白目を剥きながら泡を吹き、そのまま後ろに倒れそうになるところを王琳に支えられるのだった。
「悪いな。コイツの失言は俺が代わりに謝ってやる。だからその辺にしてやってくれ」
「ああ……。こちらこそやり過ぎたようだ。失神させるつもりまではなかったのだが、あまりに先入観に囚われた発言をされたものでつい、な」
「ふふっ、分かっているさ。だが勘弁してやってくれ。こいつ程の強さにまで至った妖狐であれば、今更人間の妖魔召士に『式』にされるとは毛程にも思っておらぬのだ。俺とて数十年前に『お前』に出会うまでは人間を相当に下に見ていたしな。そうだっただろう『卜部官兵衛』殿?」
シギンを見ながら卜部官兵衛と口にした王琳は、含みのある笑みを浮かべていた。
――数十年前、ゲンロク達と連れ立って妖魔山の調査を行ったシギンは、その時に出会った目の前に居る妖狐の『王琳』に先祖の名を騙った事がある。
(※1800話 『遂に遭遇する妖魔と、相対するシギン達一行』の出来事)
あの時の王琳はまだ『神斗』に『魔』の概念を教わってはおらず、人間である妖魔召士を相当に見下していたのであった。
「参ったな……。やはりあの時の事を覚えていたか?」
「ふふっ、当然であろうが。あの時にお前と出会ったからこそ、俺は神斗殿に『魔』の概念を学ぶことを決意したのだぞ?」
王琳のその言葉にシギンも驚き、やがてその顔に笑みを浮かべて見せるのであった。
……
……
……
※分かりやすくシギンが怒って行動に出る回。
どうやら先入観で物を言う七耶咫に、我慢がならなかったようです。
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