1937.気づかぬ内に行われていた洗脳
「おい、いい加減にしろよ? 本当ならエヴィの奴を見つけるところまでが契約だった筈だろうが。それを『結界』に囚われている人間を探したり、会合に付き合わせられたり、どんだけ待たせりゃ気が済むんだ? 後はもうこの世界の連中の問題だろう? 俺達はさっさと『アレルバレル』へ戻るぞ」
ここを襲撃しにきた鵺達の事情から、更に長くなりそうだと感じ取ったヌーは、当初の約束通りから、どんどんとずれていく状況に痺れを切らした様子であり、さっさと元の世界へ帰らせようとするのだった。
「うむ、確かにヌーの言う通り、後の事はこの世界の者達の問題で間違いあるまい。王琳よ、お主にも事情があるのは分かるが、我達にも都合というものがある……」
「ああ、分かっている。ひとまずはお前と戦うことが何よりも優先されるからな。ここの襲撃命令を出していただろう『真鵺』の件は、またの機会に考えるとしよう」
しかし王琳が『真鵺』の名を口にした直後、今度はシギンが口を開くのだった。
「決まりかけていたところに口を挟むようで悪いが、ここの襲撃を指示していたのが『真鵺』だとすれば、残念だがいつまで待っても奴は姿を現す事はないと思うぞ?」
「何?」
突然のシギンの言葉に王琳は、訝しむように眉をひそめるのだった。
「かなり昔の話になるが、妖魔団の乱という大きな事変がこの山にあっただろう?」
その言葉に王琳だけではなく、シゲンやミスズ、ゲンロクにエイジといった者達も直ぐにシギンの話に意識を向けるのだった。
妖魔退魔師組織と妖魔召士が袂を分かつ事となった事件であり、人里では妖魔関連と言えばまず最初に『妖魔団の乱』が話に挙がる程である為、一様に人間達が関心を向けるのは仕方のない事であった。
「そう言えば我達も玉稿殿からその話を聞いたな。確かその事変とやらを起こしたのは公には『紅羽』という鬼人だとされているが、実際には妖狐の『朱火』と鵺の『真鵺』が発端だと言っていたか」
ソフィは鬼人の集落に百鬼を連れて行った時、最初に鬼人族の長である玉稿から『妖魔団の乱』の話の真相を聞かされたことを思い出して、ぽろっとその時の話を口にしたのであった。
――が、しかしソフィがその事を口にした瞬間、七耶咫と耶王美、そして妖狐族の長である王琳までもが、一斉に驚愕の表情を浮かべたのであった。
「――ソフィ、玉稿が本当にそんな事を口にしたのか?」
「む? うむ。この場に居る者達も聞いていたと思うが……」
「はい。我々もその場で玉稿殿から耳にしましたので。間違いありません」
王琳が訝しむようにソフィに尋ねると、ソフィと同時にミスズからも間違いないと断言された為、再び王琳は驚いた様子を見せていたが、やがて側近である耶王美達の方を向いて口を開く。
「――いつからだと思う?」
「可能性があるとすれば、事変を起こした直後からでしょうね」
「はい、私も耶王美姉さまの言う通りだと思います。信じられない事ですが、煌阿殿よりも『魔』の概念理解度が上の『真鵺』殿であれば、有り得る話かと……」
突然のその王琳の言葉だったが、質問を投げかけられた王琳の側近である『耶王美』と『七耶咫』が同時にそう言葉を返すのだった。
二人の言葉を聞いた王琳は、やがて神斗の方に視線を向けた。
「神斗殿、貴方は知っていましたか?」
尋ねられた神斗は直ぐに首を縦に振った。
「もちろん知っていたよ。というか、むしろ君達が知らなかったという事に僕は驚いているくらいさ」
(これはやられたな。あの頃の俺は今ほどに『魔』の概念に対する耐魔力は備わっていなかった。ちょうど神斗殿に教示され始めた頃であったからな。しかし参ったな、これでは何処からが真実で何処からが虚構か、全く判別がつかぬ。これだから鵺の連中は厄介なのだ)
どうやら王琳を含めた妖狐達は、煌阿と同等以上の『魔』の概念理解度を持つ『真鵺』という鵺の頂点に居る妖魔に、 『妖魔団の乱』を起こしたのが彼の娘である『朱火』だと信じ込まされていた様子であり、今の今までその事に違和感すら抱かずに気づけなかったようであった。
同時に『真鵺』という存在が如何に恐ろしい『呪い』を用いる存在なのかを思い出した王琳は、過去の数々の出来事を想起して忌々しそうに舌打ちをするのであった。
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