1936.黒幕の正体
「こ、神斗様……! ほ、本当に蘇られたのですか?」
これまで固唾を飲んで成り行きを見守っていた十戒は、遂にもう我慢が出来ないと言った様子で神斗に声を掛けるのだった。
「十戒か。君や山に居る者達にも心配を掛けてしまったね。この通りだ。彼らのおかげで無事だよ」
神斗は両手を広げながら小さく首を傾げると、十戒の方を見て微笑んでみせるのだった。
「神斗様が生き返るところを直に見ていましたが、あの首のない状態を見ていた身からすれば、このように何事もなかったかのように話をなされる神斗様には、まだ違和感を拭えませんな……。し、しかし本当に良かった。これで王琳殿が長の立場にならずとも……」
「それなんだがな、十戒殿。悪いんだが神斗殿の事はまだ公には存在を伏せておいてくれ」
「え……?」
「この山で長きに渡って君臨し続けてきた『神斗』殿と『悟獄丸』殿という妖魔神の存在が居なくなった事で、この山に生きる妖魔達の身の振り方を知っておきたい」
「そ、それには、どういう意図が……? た、確かに貴方が長になると口にしなければ、気性の荒い種族の者達は自分が長になろうと企てていたかもしれませんが、ここでハッキリと貴方は『妖魔神』としての立場に立つと宣言なされた。すでにここで決まった事は近日中には山中に伝わる筈ですが……――」
「王琳の考えている事は、きっとそう言う事じゃないんだよね? 妖狐族に対しての思惑を改めて推し量ろうっていうわけじゃなくて、きっとそこに居る人間達との約束事に対して山に居る者達がどういう風に捉えるか、そして次に行動に移す移さないに拘らず、王琳がこの会合で決めた内容に対して、どういう思惑を抱くかを確かめておきたいってところかな?」
十戒の話の最中に神斗は、被せるようにそう口にする。流石にこれまで妖魔神であっただけはあり、十戒や王琳という新たにこの山の管理を行おうという種族の長以上に、この山に生きる者達の感情を含めて色々と把握している様子であった。
「神斗殿の言っている事は概ね間違ってはいない。しかし理由はそれだけじゃない。煌阿がやられたと知った鵺共は真っ先にこの場所に襲撃を行った。おかげでこの会合に参加した連中共は、もう鵺族の大半が絶滅して居なくなったものと判断しているようだが、実際にはまだ鵺の主犯は残っていると見ている。そもそもこの襲撃を企てていて、予め準備して命令を出していた存在が奴らには居る筈だからな。そいつを俺は炙り出しておきたいというのが理由だ」
神斗の思惑を加味した上で王琳は、隠す真似をせずに本音をこの場で口にするのだった。
「鵺達の襲撃の件ですか? しかし『卜部官兵衛』が生きていた頃には、もう彼は封印されてしまいましたからな。今を生きる鵺共の多くは、煌阿殿が『結界』に幽閉されていた事すら知らなかった可能性も考えられる。単にここを襲撃したのは消去法的に、次のこの山の支配者に『妖狐族』の長である貴方が就く事を嫌って鵺共が勝手に跳ね返った可能性も……」
「いや、十戒殿は知らぬかもしれぬが、鵺達の間で煌阿の事は周知されていた筈だ。当然に洞穴の中に煌阿が幽閉されている事を含めて『結界』で隠蔽されている事も知っていた筈だ」
「な、何故言い切れるのですか?」
「それは『斗慧』という鵺が、そこに居る人間達に紛れて、今回の襲撃の機会を窺っていると自白したからよ」
そう告げて彼らの会話に割って入ったのは、八尾の『耶王美』であった。
「や、耶王美殿……?」
「私が千里眼と呼べる程の『力』を持っていて山中を見渡せるという事は、この山で長く生きる十戒殿も知っているわよね?」
「ええ、それはもちろん……。存じておりますよ」
「その私は王琳様の命令で長らく鵺達の動向を注視していたの。王琳様の護衛である筈の私が、長きに渡って王琳様から離れて居た理由はそれでね。結局は煌阿殿の『結界』に近づく鵺族の大物は現れず、今回のような結果を迎えたけれど、ここに来る前に少しだけ変化があってね。それが人間達に乗り移って行動を共にしていた『斗慧』という『本鵺』の存在よ」
「に、人間達に乗り移っていた……?」
「ああ。直接私もその状況を見ていたから間違いない。そして斗慧とやらが乗り移っていた人間は、私が妖魔召士の長を務めていた時代に在籍していた者でね。奴はこの私が長であることを不服に思っていて、山に居る猛者を禁術で強引に『式』にして従わせようとしていたところを返り討ちにされて、その身体を乗っ取られてしまったらしく、その後は人間に成りすまして煌阿の状況を逐一確認していたようだ」
ソフィ達が洞穴に向かうに至った理由である『シギン』からそう語られるのだった。
「王琳様はその事を知っていて、この私にシギン殿の幽閉されている場所へ案内させたのよ」
どうやら耶王美は単にシギンの場所をエヴィに伝えたわけではなく、予て斗慧が人間に潜んでいる事を理解していたからこそ、耶王美に案内させるように仕向けたようであった。
確かにあの時王琳は、何度も念を押す形でソフィ達を洞穴へ案内しろと口にしていた。あれは斗慧が煌阿程までには強くなかったとしても、ソフィが居なければもしかすると誰かが犠牲になりかねないと、斗慧の強さを完全に把握出来ていなかった事から王琳は、万が一に備えた形だったのだろう。
そしてその王琳の考え通り、斗慧は『本鵺』の中でも相当な実力者であった。あの時にゲンロクやエイジ達だけであったのならば、そのまま不意を突かれた結果、誰かが命を落としていたかもしれない。
如何に千里眼と見紛う程の眼を持っている耶王美であっても、あれだけ離れた場所から助けに向かったとしても距離的にどうにもならない。
「私は万が一を考えて『結界』に幽閉される可能性を考慮して、洞穴の外から中の様子を窺い、更にあの場所に向かってこようとする鵺達が居ないかを探っていたけれど、結局あの時に分かった事は『斗慧』が単独で行動を起こしていた事、そしてこの場所を襲撃しようと企んでいたであろう多くの鵺達が一箇所に集っていた事だけだったわ」
「つまり斗慧とここを襲撃した鵺達は同じ存在から命令を受けてはいたが、斗慧が洞穴に訪れた事と襲撃に現れた者達の行動指針は全く異なっていた事になる。そして襲撃に失敗した事でその命令を下したナニカが、一体次はどういう行動を取るのかを見極めておきたいという事だ」
腕を組んだまま王琳はそう告げる。
どうやら本当に王琳は、神斗の代わりを務めようとしている様子だった。そしてミスズ達との契約に関しても反故にするつもりなどはなく、しっかりと約束を守ろうと努力しているように見える。
だが、こちらは当然にソフィと戦いたいというのが本音であろうが。
「襲撃に現れた鵺達はともかく、斗慧殿程の『本鵺』すらも動かせる程の大物ともなれば、まさか……!」
何やら十戒は顎元に手をやりながら考えていたが、その存在に思い当たった様子で目を見開いた。
「ああ。どうやら煌阿を利用し、陰で暗躍を続けているであろう『存在』。十中八九『奴』だろうな」
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