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1926.王琳の見事な演者としての話術

 王琳から視線を向けられ続けていたミスズは、結局そのまま何も言えずに無言で立ち竦む。


 これがまだ妖魔退魔師としての自分に解決への糸口が用意出来るのであれば、いくらでも言い返す手立ては作れたのだが、残念ながらこの問題は『妖魔召士』達でしか解決が出来ない話である。


 ここまでエイジやゲンロクといった『妖魔召士』組織と、足並みを揃えて共に山を登ってくる事が出来ていたが、それはあくまで『同盟』としての範疇で行えていただけであって、妖魔召士の組織内の重大な出来事に関してミスズが、無遠慮にこうしろああしろと告げる事が出来るわけではない。


 それも『禁術』や『式』の問題は、妖魔召士組織の中の当人たちであっても、細心の注意を要する事柄である。


 現在の妖魔召士組織の長はエイジではあるが、その前の長が隣に居るゲンロクであり、そのゲンロクが『禁術』を生み出して『退魔組』の退魔士たちに扱えるように場を整えた張本人である。


 当人たちでさえ扱いに困る内容の話をミスズが口にするわけにはいかず、そのまま彼女は沈黙を保ち続けていたが、少しだけ視線をエイジの方に向けた。


 王琳と話を行っていたミスズの事はこの部屋に居る多くの者達が見ており、当然にエイジも彼女に視線を向けていた為に、ばっちりと視線が交差してしまうのだった。


 聡明なミスズはこの視線のせいで、妖魔召士達の長であるエイジに責任を押し付けてしまうと考えて、直ぐに視線を外して王琳の方に向け直そうとしたが、もうすでに遅かったようでエイジが口を開いてしまうのだった。


「確かに退魔士達全員に今すぐ『式』を解放させろというお主の発言には素直に頷く事は出来ぬ。だが、それは行ってはいけない事をした者達に謝罪をさせたくないという意味ではなく、あくまでここに居る妖魔達や山に居る者達が徒党を組んで、再び『妖魔団の乱』のような襲撃が行われた時の為の抑止策であるからだ。つまりは今後お主が妖魔達を束ねる立場となり、妖魔達に人里を襲わせないと再び約束を行ってくれるのならば、小生は妖魔召士を束ねる立場として禁術を行い無理やりに『式』にした妖魔達を解放すると約束しよう」


 そのエイジの口にした言葉は、ここに来る前にミスズが王琳に対して約束を取り付けた時の文言と、あまり変わりない発言ではあったが、新たに付け足された『式』にされた妖魔達を解放するという言葉を妖魔召士の長であるエイジから言質となる部分を引き出させた事で、この場に居る妖魔達に一定の理解と認識をさせる事に成功した。


「ふむ。当代の妖魔召士達のトップに居るお前がそう言うのであれば、ひとまずは交渉の座につくに値はするか、いいだろう。ひとまずは人間側の要望の優先事項として『妖魔に人里を襲わせない』という事に焦点を当てて話を進めるとしようか。お前らもそれでいいな?」


「は、はぁ……。まぁ何もないよりは良いかと……」


「そ、そうですな、同胞達を無事に解放するというのであれば、こちらとしても願ったり叶ったりです……かな?」


 この場に居る者達は少し悩む素振りを見せたが、話が行われる前よりは聞く耳をしっかりと持ってそう口にするのだった。


「だ、そうだ」


 王琳はこの場に居る者達の話を聞いた後、エイジを一瞥した後にその視線をミスズに戻しながら、そう告げるのだった。


 ――この王琳の一連の発言は、会合の前にミスズが取り付けた約束を反故にしようとしたわけではなく、この場に居る妖魔達に無理なく、会合に於ける議題を認識させた上で改めて、取り決めた内容を理解させようと一芝居打ったわけなのであった。


 ここで王琳が最初から取り決め通りの言葉を口にしていた場合、冒頭にも述べたように納得が行かない者達が裏で勝手を起こし兼ねなかったが、人間達に譲歩させる形で『式』にされた者達の解放を新たに条件として加えさせる事で、交渉の末に出された妥協案なのだとこの場に居る者達は認識する。


 この場に居る者達が何も知らぬまま、頭越しに重要な事を決められてしまうよりは、王琳というこの場の代表となるものが、一度否定を行ってみせる事で周りに居る妖魔達の気持ちを代弁しているのだと認識させて、その上で条件を提示させてそれを今度は妖魔召士側の代表となるエイジに認めさせた事で、交渉の座についた上での取り決めが行われたのだと理解させるに至ったのである。


 ――この場に居る三目妖族の『十戒(じっかい)』を含めた妖魔達も馬鹿ではない。


 そこで王琳はこの場に居る者達に、要らぬ勘ぐりを持たせたままでは上手く立ち行かぬだろうと判断し、この後に話が円滑にいくように、独断でこのような言い回しを行った。


 普段であればミスズにも直ぐにピンと来るところだったであろうが、王琳の現実味を帯びた発言と態度、それに一度決まっていた事を白紙にされかねないと本気で信じてしまったミスズは、見事に騙されてしまったのであった。


 最初はエイジもミスズと同じように王琳の芝居を信じかけたが、自分より狼狽しているミスズを見た事で冷静に思い直す事が出来た。


 そしてその後は王琳の見せる僅かな表情の機微から読み取り、見事に王琳の狙い通りに行くように話を合わせる事が出来たのであった。


 実はこの時に王琳は、ミスズが直ぐに看破するだろうと考えていた為、あのように見事に騙されてしまっていたミスズに、内心では溜息を吐いていた。


 彼の目的はあくまでソフィと戦う事であり、それを叶える為には今回の会合で人間達の目的を果たさせる必要があるのだ。


 もし今のタイミングでエイジが会話に割って入らず、すんなりと約定を反故するような展開になっていた場合、新たに話を練り直す必要が出てきていたからである。


 ――先程、王琳がミスズの方を見る前にエイジを一瞥したのには、よくやったという彼なりの労いの意味が込められていたのであった。

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