1925.双方の譲れぬ思惑
部屋の中が静まり返る中、ソフィはこの王琳の発言に深く考えさせられていた。
というよりも厳密には『動忍鬼』の事が頭に浮かんでいたのであった。
鬼人族の集落で分かれた『動忍鬼』だが、彼女はかつて『加護の森』で『退魔組』に属していた『特別退魔士』の『タクシン』に強引に『式』にされていた過去があり、今でこそ笑顔を取り戻すまでに精神も落ち着きを取り戻していたが、ソフィ達と出会う前の彼女はまるで生気を失う程に疲弊していて、操り人形のようにタクシンの言いなりになっていた。
そんな彼女もヌーがタクシンを倒した事で『式』から解放された時、これまで自分を縛ってきた禁術を用いる『妖魔召士』(厳密にはタクシンは『特別退魔士』)たちにこれまでの報いを受けさせようとばかりに、報復を行いに人里へ向かおうとしていた。
その事に気づいたソフィが、やんわりと動忍鬼を止めた事で報復は未遂に終わったが、あのまま気付かずにソフィが彼女の元から立ち去っていれば、今頃はもしかすると『鬼人族』の集落に彼女が戻る事はなかったかもしれない。
当然そうなれば『百鬼』や『玉稿』を含めた鬼人族は、更なる怨恨を人間達に抱いて戦争にまで発展していた可能性もある。
このように彼が知るだけでも『鬼人族』の件があり、王琳の言葉にもある程度の理解を寄せるソフィであった。
そして妖魔召士と同じ人間側ではあるが、妖魔退魔師組織の中にも『キョウカ』というソフィと同じ思いを抱く人間が居た。
彼女も『百鬼』という動忍鬼の同胞にして同じ『鬼人族』の妖魔と関わりを持ち、その百鬼の動忍鬼に対する想いを知っている。
望んで『式』となっているのであれば、それはその妖魔達の個人の自由と呼べるが、退魔士による禁術が齎されて、望まぬ契約を結ばれて奴隷のように扱われているとなれば、それは『式』を結ばれた家族や同胞達も黙ってはいられないだろう。
王琳が人里に危害を及ぼす事のないようにと山に居る妖魔達に告げたところで、恨みを抱く者達に納得が行かないのは当然であり、結果的に王琳が妖魔達の長となったところで、命を捨てる覚悟で同胞を救い出そうとする者達が増えれば、いずれはシゲン達と王琳が交わした約定も白紙になるのは時間の問題だと言える。
それが分かっているからこそ、この場に現れる前にミスズと交わした言葉とは少し異なる説明をこの場で行った王琳であった(元々王琳はそれを分かった上で、やんわりとではあるが『鵺』を話の引き合いに出してミスズ達に伝えてはいた)。
しかし人間達側もこれまでの歴史で並々ならぬ思いを妖魔達に抱いており、記憶に新しい出来事でいえば『妖魔団の乱』があり、ケイノトの町は徒党を組んだ妖魔山のあらゆる種族の妖魔達に襲われて、多くの者達に被害が齎された出来事があった。
当然妖魔召士も妖魔に対して望まぬ契約を用いる事は、非常に悪い事だと考えている者も居るだろうが、力で劣る彼らにとって、町民達を守る為には仕方のない事だと考えて渋々行った者も居るのである。
妖魔の誰もが人間達に耳を貸す者達ばかりではないのだから、手っ取り早く民達を守る為にはそうせざるを得なかったと考える人間が居るのも一定の理解は出来る。
問題なのは『煌鴟梟』のアジトでソフィ達を襲ってきた『妖魔召士』達や、退魔組の『特別退魔士』のような一部の人間達であった。
そしてそんな人間達を生み出してしまった元々の要因が、かつてシギン達の世代で生み出された『中立派』やその更に上の世代の『改革派』が関係している事は間違いないだろう。
シギン達の時代の話では、少し前に洞穴の中で姿を見せた『斗慧』という『鵺』に乗っ取られていた『エダ』という『妖魔召士』が、禁術を用いて高ランクの妖魔を従わせて当時の組織の長を務めていたシギンを殺そうと計画を企てていた。
こういった本来の目的とは異なるところで、生み出された禁術は悪用されている。
この場に居るゲンロクもまた、妖魔団の乱によって妖魔退魔師達と袂を分かち、組織の力を減らした事で仕方なく、新たな禁術を生み出して『退魔組』なる下部組織を作り、集めた中途半端な退魔士達に術を流布させた。
ゲンロクも妖魔を無理やり奴隷にしようとしたわけではなく、あくまで人里の人間達を守る為に、そして組織として立ち行かなくさせるわけにはいかないと、何とか知恵を絞りながら新術を編み出して『禁術』と知りながらも仕方なく退魔士達に使わせようと考えていたのである。
だが、結局はゲンロクの与り知らぬ場所でヒュウガ達によって、望まぬ使用法で禁術が扱われていた。
このようにそれぞれが、それぞれの思惑に絡み合って、歴史上で次々と出来事が生まれていったのである。
妖魔側としてはこれ以上人里を襲って欲しくなければ、同胞達を無事に解放して、これまで苦しめてきた退魔士達を連れ出し、彼らの前で謝罪させる事が先ずの要求であり、そこでようやく本当の意味での話し合いのスタートラインに立つ事が出来るというのが、王琳の告げた言葉の真意となるだろう。
しかしそうは言っても人間側もまた、素直に全てを言われるがままに受け入れ難いのも事実だった。
やはり一番の理由としては、何かの拍子に約定が破棄されて襲撃が行われた時、自衛を図る手段を失ってしまい、守るべき町そのものが滅亡してしまう可能性を否定出来ないからである。
まず最初にその理由が上がるが、細かく言えば他にも、妖魔召士組織の『在り方』の根底が覆されてしまい、妖魔に言われるがまま『式』を解放したとなれば、これ以降の未来で組織にとって、非常にバツが悪い歴史の記録が残されてしまうというのが本音にあった。
人間側と妖魔側、双方に譲れぬ問題がある以上、誰が妖魔山の長になろうと関係を簡単に変えられないのが現実であった。
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