1924.不満
十戒の問いかけに対して王琳は表情を変えず、じっと十戒に視線を合わせ続ける。時間にすればほんの数秒程度に過ぎないが、この場に居る者達にはそれはとても長い時間に感じられた。
そしてそれは直接視線が合わさっている十戒には、尚の事長く感じられただろう。そのまま唇を噛んで必死にこの時間を堪える十戒に、ようやく王琳はその口を開いた。
「今更人間共と分かり合おうとは思わぬが、俺は俺の目的の為にここに居る人間共と一時的な協力関係を結んだ。だからこそこの場に人間達も招待している。今はそれ以上でもそれ以下でもない。だが、最初に言った通りに俺の目的が果たされるまでは、ここに居る人間達をこの山で死なせるつもりはない」
その王琳の言葉は、当然に妖魔達が欲しかった理想の答えとは程遠く、またミスズ達にとっても当初の目的からは不十分としか言いようがない解答となった。
この部屋に居る十戒以外の妖魔達も今の王琳の答えに納得が行かず、不満を浮かべた表情をしているが、下手にこれ以上の言葉を求めようとすれば、自分の命が危ないと分かっている為に、十戒以外は王琳に向けて言葉を続けることが出来ない状況に陥っていた。
彼らは仕方なく自分達の代弁を続けてもらおうと十戒に視線を向けたが、向けられた十戒は周囲を見渡した後に、困ったように額の浮かぶ玉のような大粒の汗を胸元から取り出した布で拭うのだった。
やがて深呼吸を行った後に、再び十戒は王琳に質問を行うのだった。
「そ、その王琳殿の目的とは、一体、な、何なのじゃろうか?」
この山に大きな影響力を持つ三目妖族とは思えぬ程に、ここに来てから急に老け込んだように見える十戒のその質問に、王琳はその質問を待っていたと言わんばかりに大きく相好を崩した。
「それはそこに居るソフィと本気で戦う事だ!」
十戒を含めたこの部屋の妖魔達は、この場に居る黒羽の名前がソフィという事を会合が行われる前までは知らなかったが、この瞬間に誰よりも忘れられない名前となった。
何故ならこんな風に『王琳」が誰かと戦う事に対して、嬉しそうにしている姿を見たことがなかった為である。
「十戒殿、いや、この場に居る者共には分からぬだろうが、俺はそこのソフィと戦う事にこれ以上ない程の価値を見出している。ソフィと戦うのに必要なのであれば、人間共の頼みを聞く事に異論などなく、また逆らおうとする者がこの山に居れば、皆殺しにしてやってもいいとさえ思っている!」
射貫くように細められたその視線と、鋭利な牙を見せる王琳に、この中央堂の間に居る妖魔全員が震え上がるのだった。
もう不満を浮かべるような表情を妖魔達の中には一人として浮かべてはいない。この高揚感に包まれている様子の王琳の機嫌を損ねる事が、何よりも恐ろしい事なのだと理解した為であった。
だが、三目妖族の十戒を含めた高ランクの妖魔達が王琳に対して目を背ける中、人間達の中から立ち上がって王琳に対して声を掛ける者が居た。
「お、お待ち下さい! それでは我々の考えていた内容とは異なります! 貴方が今後妖魔神としてこの山に君臨した暁には、我々の人里に手を出さぬようにと――」
「それを願うのであれば、まずはお前ら人間側が先に譲歩せねばなるまい?」
「――えっ?」
立ち上がったミスズが不満を述べていると、被せるように王琳がそう口にした為に、ミスズはそれ以上の言葉が出せなくなってしまうのであった。
「まぁ厳密に言えばお前や隣に並んでいる妖魔退魔師共ではないがな。さっき十戒殿も言っていただろう? お前達の直ぐ傍に居る『妖魔召士」達の事だ。お前達は確かに禁術なるものを使って、我々の同胞や山に生きる妖魔共達を強引に従わせていた過去があるだろう? そしてそれは今も一部で尚続いているのは間違いあるまい? 今後俺達に襲われたくなければ、まずはお前達人間が『式』にしている同胞達を全員解放しろ。そして望まぬ契約をさせた連中共をこの場に連れてきてこの場で謝罪させろ。話はそれからだと俺は思うのだが、お前達はどう思うのだ?」
そう言って立ち上がったままのミスズに、改めて問いかける王琳であった。
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