1922.禁止区域での会合の場にて
※誤字報告ありがとうございます。
昔からこの妖魔山で生きてきた古参の十戒は、三大妖魔達には強さでは劣るが、それでも禁止区域に生息する平均的な強さの妖魔達の中では上位の部類に入る。
そんな十戒は自分達の『魔』の概念理解度を遥かに上回り、耐魔力では鵺や天狗でさえ足元にも及ばない程のものを有する『翼族』の『神斗』が、あっさりと身体を奪われたという話を簡単には信じられない様子であった。
「十戒殿、お主程長くこの山で生きてこられたのならば、そのような事が出来る種族の者に目星がつくのではないか?」
その王琳の言葉に十戒は、先程感じたばかりの『魔力』の持ち主の事が頭を過るのだった。
「ぬ、鵺……か?」
何故、この場所にあれだけの鵺が突如として現れたのか。そして何故、王琳の強制召集に『鵺族』が応じなかったのか。
その事に十戒が思い至った時、王琳が十戒に視線を合わせながら口を開いた。
「ああ。煌阿が封印から解かれた事で真鵺達の息がかかった鵺共が、自分の同胞達に俺を襲わせるように指示を出したようだ」
他の妖魔達は十戒と王琳の話についていけていない様子だったが、それでも騒ぎ立てるような真似をせずに大人しく話に耳を傾けていた。流石に王琳と十戒の真剣な顔をした会話に口出しが出来る程、この場に集った妖魔達に度胸は備わっていないようであった。
十戒は王琳の告げた『真鵺』の息のかかった鵺という言葉に思うところがあったようで、そこで王琳との会話を途切れさせて思案の海へと潜っていった。
顎に手を当てながら思案を続ける十戒を見ていた王琳だが、やがてその視線を再び部屋の中へと移し始めるのだった。
「さて、鵺共のせいで少しばかり遅れてしまった。お前らを呼び出しておいて申し訳なかったと思っている」
王琳はそう言って胡坐をかいたままではあるが、軽く頭を下げるのだった。
「ここに居る者達の中には、鵺に恨みを持つ者も多いだろう。今回の神斗殿の一件にしても、本当の意味で神斗殿を殺したのは『鵺』の『煌阿』という者だ。この名に聞き覚えのある者も居るだろうが、こいつはかつて『真鵺』と共にこの山の鵺族を支配していた者の名だ。まぁ煌阿は色々あって人間の手で封印されてしまっていたわけだが、つい最近その封印が解かれた事で表に出てきた。それで煌阿は神斗殿に非常に深い恨みを持っていてな? それで恨みを晴らすために神斗殿を殺そうと襲い掛かり、最終的に神斗殿の身体を奪ったというわけだ」
十戒はある程度事情を悟っていたが、今初めて事情を知った妖魔達は、驚愕といった様相で王琳から話される真実に耳を傾け続けるのだった。
「で、では黒羽は神斗様を殺そうと思ったわけではなく、その煌阿という鵺を狙ったというわけですか?」
その質問を行ったのは、先程ソフィに殺意を孕んだ視線を送っていた若い妖魔であった。
「ソフィ……、いや、確かに黒羽は神斗殿と分かっていて狙ったわけじゃないが、コイツが煌阿を消滅させた理由は自分の仲間を狙われたことが理由だな。簡単にいえば報復だ。お前がどこまで黒羽の事を知っているかは分からんが、天狗族の帝楽智殿や、天従十二将の連中を殺ったのもコイツだ。理由は煌阿殿と同じでコイツの仲間に手を出した事が原因だな。気をつけろよ? コイツを敵に回せばお前だけじゃなく、お前の種族もろともこの山から消し去られるぞ」
王琳のその忠告する言葉には、聞く者に現実味を与える程の熱量が込められており、この場に居る者達はその全員が怯む様子を見せた。
すでに『禁止区域』に居る彼らは、三大妖魔の筆頭であった天狗族がこの山から完全に居なくなって居る事に気づいており、王琳という妖狐が真実を語っているという事を疑う者は居なかった。
「そ、それでは悟獄丸様の方はどうなったのでしょうか? 我々が知る情報では赤い狩衣を着た人間が、悟獄丸様を手に掛けたと伺っているのですが……」
先程の質問を行った妖魔とはまた別の種族の妖魔が、シギンの方を一瞥して王琳に質問をするのだった。
これには王琳も直ぐにはソフィの時のように弁論を行わず、どう説明をしようかと悩む素振りを見せる。素直に真実を語れば、ようやく神斗の一件で人間やソフィ達に向ける殺意を逸らせかけたというのに、再び人間達に報復の一途を辿らせてしまうと考えたからであった。
王琳がソフィと戦う為には、ミスズとの交わした約定を守らなければならない。その為には出来るだけ報復といった面倒な感情を断ちたいというのが彼の本音である。
(ちっ、面倒だな……。ソフィを使って少し脅せば黙らせられると思ったが、思った以上に神斗殿も悟獄丸殿も山の連中に慕われていたようだ)
王琳はどうしたものかとばかりに、その悟獄丸を殺ったであろう赤い狩衣を着た人間の方を見る。
その視線の先は当然『シギン』であり、あちらも直ぐに王琳と視線を合わせ始める。
視線を交わし始めて数秒程が経ち、やがて意を決したかのようにシギンが口を開きかけた。
――その瞬間であった。
「俺が悟獄丸殿を殺った」
「……」
「「えっ!?」」
シギンが名乗りを上げようとしたが、その瞬間にシギンに視線を合わせていた王琳がそう告げるのだった。
「し、しかし……、我々が耳にした情報では、悟獄丸様は人間を追って山を下っている最中、唐突に現れた妖魔召士と戦い――」
「俺が悟獄丸殿を気に入らなかったから殺したと言っている。直接この俺が言っているというのに、お前らは誰が言ったか分からない噂の方を信じると言うのか?」
「い、いえ、そ、そんな事は……!」
質問を行った妖魔だけではなく、大半の者達がこの王琳の言葉が嘘だという事には気づいていたが、その事に言及する者は誰一人として現れなかった。
――そんな事を口にすれば、この場に居る全員に殺意を向けている王琳に、即座に首を刎ねられると察した為である。
人里でミスズ達やゲンロク達が行ったような取り決めなどは、決してこの妖魔山では行われない。
――妖魔山では強さこそが正義であり、真実として扱われる。
結局はそれに納得が出来ない者達が、今回の鵺達のように襲撃を起こすのだが、これが『妖狐族』の『王琳』である以上は、もう誰も逆らう事は出来ないだろう。
――すでに少し前に、前例が出来てしまったからである。
詰まるところこの場に集った者達は、今回の強制召集が行われた時点で王琳の言われるがままに事態を受け入れなければならず、単に決定された事に対しての情報を共有させられる為だけにこの場に集められただけとなった。
別に王琳は逆らうつもりがあるのならば、いつでも逆らってもらって構わないというスタンスではあるが、逆らう以上はそれ相応の覚悟を持ってもらうという意思表示も同時に行われている。
それはつまり、かつての傍若無人であった頃の『妖狐族の長』が再びこの場に現れた瞬間であった。
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