1914.気に入らない視線
ソフィ達が案内された屋敷の大広間に入ると、人型を取っているあらゆる種族の妖魔達が居た。
しかし人型とはいっても頭に角があったり、手や足が人間と同じ数というわけでもなく、一目で人間ではないと分かる程の違いはあった。
そんな彼らはソフィや人間達がこの部屋に入って来た事で、とても好意的とは言えない視線を向けてきた。
もちろんそれはこれまでの『ノックス』の世界の在り様を考えれば、納得せざるを得ない事ではあるが、ここに居る妖魔達の大半は、敵視しているであろう『妖魔退魔師』や『妖魔召士』よりも、最初に入ってきたソフィに視線を向けているのだった。
どうやら『天狗族』の一件や、妖魔神の『神斗』の身体に乗り移っていた『煌阿』がやられたという話はすでに彼らも承知している様子であり、ソフィに向けられている視線の中に怯えや恐怖心というモノが浮かんでいる者も居れば、妖魔神の敵討ちをと考えて殺意を孕んでいる者も居た。
しかしこの部屋に入る前に『妖狐』達が話をしていた通り、この場ではあくまで『会合』が主要となる為に、いくら睨みつけるような真似をしていても、実際に行動に起こそうという者は皆無のようであった。
やはり『王琳』は自身の同胞達だけではなく、禁止区域を含む『妖魔山』全体に生息するあらゆる種族に対してもそれなりに睨みを利かせられているようであった。
これだけ広い大広間の中、更にこれだけの数の妖魔達が誰も口を開かずにソフィを見ている光景は、異様という他になく、ソフィと共にこの場にやってきているミスズやエイジ達も警戒を強めながら無言を貫いていた。
そんな状況を全く気にしていないかのように、妖狐の五立楡はソフィを用意していた場所へと案内を続ける。
大広間の向かって右側に妖魔達が座っており、どうやら左側がソフィやシゲン達に用意されていた場所なのだろう。
そして入り口から見て中央前方に妖狐達の姿があり、その中心に『七耶咫』が座ってこちらを見ていた。
そのまま五立楡に案内された場所に腰を下ろすと、そのソフィに視線を向けていた七耶咫は軽く頭を下げるのだった。
ソフィの後に遅れて六阿狐に案内されてきたシゲン達全員が席に着くと、ソフィを睨んでいた者達もその視線をソフィから外して七耶咫の方を見る。
どうやら『王琳』も『耶王美』も居ないこの場では、会合を準備した妖狐族の中で『七耶咫』が責任者を担っている様子であり、他の妖魔達もその事を理解して王琳の名代と呼べる七耶咫に注目しているようであった。
「七耶咫殿、我々を呼んだ王琳殿の姿がまだないようだが、一体どうなっているのだ?」
先程ソフィを睨んでいた手足の長い妖魔の種族の一派が、まだ少し苛立った様子のままで口を開いてそう言った。
「安心なされよ。我が主は少し別件でここを離れていたが、現在こちらに向かっている最中である」
質問を行った妖魔の方を見ようともせず、目を瞑ったまま粛々とそう答える七耶咫であった。
「我々を強引に呼びつけておいて、会合の要請を行った主賓が場を離れておるとはな」
「こちらの都合も少しは考えて欲しいものだ。それに内容の一つも口にせず、渋々と来てみればこの場に人間共まで姿をみせるとは……。王琳殿は一体何を考えておられるのか」
「今回の緊急召集にて我が主は、その件を話す為の会合の場を設けられたのだ。詳しくは王琳様の口から説明が行われる。しばしの間、そのように喚かずに黙って待たれよ」
「くっ……!」
「ちぃっ!」
七耶咫に対して質問を行った禁止区域に生息する妖魔達は、自分より遥かに若輩者である妖狐の『七耶咫』に対してこれみよがしに舌打ちをして見せるのだった。
どうやら彼らもこの妖魔山ではそれなりに古くから居る古参の種族の者達なのだろう。自分の半分もまだ生きてはいないであろう『七耶咫』のその態度に、更に苛立ちを募らせている様子であった。
流石に王琳の前ではこんな態度を取る事はないだろうが、普段であればその王琳の側近である『七耶咫』にさえ、こんな態度を取る事はない。
彼らも立て続けに起こっている出来事の連続で、心中穏やかではないのだろう。
そしてその元凶であるソフィが目の前に居るというのに、睨む事だけしか出来ないという現状が、彼らを精神的に苛む原因を作っていたのだった。
そのまま禁止区域に居る種族の長たちが忌々しげにソフィを睨み始めたが、その視線に今度はソフィの隣に座っていたエヴィが不機嫌さを表すようにオーラを纏い始めるのだった。
唐突に『青』のオーラを纏い始めたエヴィに、その場に居た者達全員がエヴィの方を向いた。
「気分が悪い。これまでは耶王美の同胞が開く場だからと我慢していたけど、いつまでもいつまでも気に入らない視線を僕のソフィ様に向けやがって……!」
エヴィは誰に聞かせるでもなく、その場で静かに呟き始める。
どうやらソフィに対して殺意を孕んだ視線を向け続けている妖魔達に、遂にエヴィは我慢が出来なくなったようであった。
「エヴィよ、少し落ち着くのだ」
しかしその視線を向けられている張本人であるソフィは、エヴィの肩に軽く手を置いてやんわりと窘めるのだった。
今にも『呪法』を放ちそうであったエヴィは、はっとした表情を浮かべてソフィの方を見る。
「そ、ソフィ様……、で、でも……!」
「我はこの山でもお主を探す為に私情を優先させてもらい、シゲン殿やエイジ殿達には大変世話になった。お主を無事に見つけられたのは彼らの協力があったからこそなのだ。だから今度は我達が出来得る限りの恩を返さねばならぬ。我の言いたい事は分かるな?」
「ご、ごめんなさい!」
エヴィはそのソフィの言葉に、慌てて殺意とオーラを消すのだった。
自分が不甲斐ないばかりに『煌聖の教団』の者達にこの世界へ跳ばされてしまい、そんな自分の為に崇拝する主の手を煩わせて、剰えこの世界にまで足を運ばせてしまった上に自分の都合で再び主に迷惑をかけてしまった事を恥じながら、エヴィは改めてこの場でソフィに謝罪の言葉を口にするのだった。
「うむ。分かってもらえれば良い。この後の事はシゲン殿達に任せて、我らは大人しく事の成り行きを見守ろうではないか」
ソフィがエヴィの頭を撫でながらそう言って笑みを向けると、エヴィは涙を流しながら何度も頷きを見せるのだった。
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