1913.王琳の決めたルール
三尾の妖狐である参姜に屋敷の中を案内してもらっていたソフィ達だったが、目的の場所に辿り着いたようで、先導を行っていた参姜の足が止まった。
これまで廊下から覗けた部屋とは比較にもならない程に広い一室の前、そこには参姜と同じように数本の尻尾を生やした人型の妖狐が二体立っていた。
「皆様には主が来るまでこの部屋でお待ち頂きたく存じます」
ここまで案内してくれた参姜が、そう言ってソフィ達に向けて恭しく頭を下げるのだった。
「うむ。参姜殿と言ったか? ここまでの案内を感謝するぞ」
「礼には及びません。我が主の命に従った迄でございます故」
ソフィの労いの言葉にそう返した参姜は、ソフィ達に道を開けるように端へと移動を行った後に再び頭を下げるのだった。
そのまま頭を下げたままの参姜を見たソフィは、どうやら自分達が入室するまでずっとそのままにさせてしまうのだろうと判断して、シゲンやエイジの顔を一瞥した後に、これまで廊下から見えた部屋より一際広く大きな部屋へと入る為に歩を進めるのだった。
やがてその大きな部屋の襖の前に辿り着くと、二体の妖狐が同時に足を一歩前に出して口を開いた。
「「お待ちしておりました」」
その妖狐達は先程の参姜と同じように礼をするのだった。
「この部屋に入室の際、お持ちいただいている得物等を退室されるまでの間、私どもに預けて頂きたく存じます」
そして顔を上げた二体の妖狐は、シゲンやミスズ達の方に視線を向けた後にそう告げるのだった。
「部屋の中には貴方がた妖狐の他にも大勢の妖魔達が居るのでしょう? そんな場所に我々に武器を手放して入室しろと?」
妖狐達に視線を向けられたミスズがそう告げると、妖狐達の目が少しだけ細められた。
「ご安心下さい。ここは我が主によって開かれた会合の場です。皆様の安全は我ら妖狐が責任を以て保証致します」
「待てよ、あんたら『妖狐』はそうでもよ? 他の妖魔共はそのつもりじゃないかもしれねぇだろ? 私達は人間であんたらは妖魔なんだ。自分達の身の安全は自分達で守る。その為に刀は手放……――」
「この場は我が主、妖狐の長である『王琳』様によって開かれた会合の場です。貴方がたの安全は保証致します」
「てめ、だからよ……!」
入室の前に刀を預けるようにと告げてきた妖狐を前に、ミスズだけではなくヒノエも反論するようにそう告げたのだが、数本の尾を持った妖狐達は再度同じ言葉を口にした為に、ヒノエは埒が明かないとばかりに声を荒げ始めるのだった。
しかしその瞬間、襖が唐突に開かれたかと思うと、五本の尾と六本の尾を生やした見慣れた妖狐達である『五立楡』と『六阿狐』が姿を見せるのだった。
「この部屋は我々妖魔達と、貴方がた人間達の間で対等に話し合う事を目的とした場所となっております。その為に形式上、得物類を預かる決まりを設けているのです」
「同様にこの場に召集された妖魔たちも自前の得物類を預けて頂いています。妖魔退魔師の方々にとっては魂とも呼べる刀を妖魔達の居る場所で手放せと言われてあっさりと納得は出来ないでしょうけど、我々が命を賭して貴方たちを守ると約束しますので、ここはお預け願えませんでしょうか?」
少しは知った顔である『五立楡』と『六阿狐』にそう説明されたが、ミスズやヒノエ達も渋い表情を浮かべたまま、腰に差している刀を手放そうとはしなかった。
しかし次の瞬間、後方から妖魔退魔師の総長であるシゲンが妖狐達の前まで歩いてくると、腰に差していた打刀と脇差の二本共を最初に妖狐たちに預けて見せるのだった。
「この会合を開くように王琳殿に頼んだのは、我々妖魔退魔師側だ。それを忘れて身勝手に礼儀を欠く事は恥でしかない。ここは王琳殿を信用しよう。それでいいな?」
「し、シゲン総長……!」
「は、はは!」
総長シゲンが前を向いたままそう告げると、それを聞いたミスズ達は慌てて腰や背から鞘ごと刀を抜き取って、部屋の前に立っていた妖狐達に預け始めるのだった。
「「確かにお預かり致しました」」
ミスズ達だけではなく、スオウやキョウカも刀を妖狐達に預け終えると、最初に部屋に立っていた妖狐達が恭しく頭を下げてそう告げるのだった。
「それではソフィさんは私が案内しますね? 他の方々は六阿狐について行ってくださーい!」
「は? 逆でしょ。私がソフィさんを案内するから、五立楡は他の方達を案内してよ!」
「残念ですが、早い者勝ちでーす! ささ、どうぞ、どうぞ!」
そう言って先にソフィの手を取った五立楡が、喚いている六阿狐を無視して先に手を引いて部屋の中へと入っていった。
王琳が決めた作法の為、入室の際の脱刀を行う時だけは、表情も真剣さを帯びていた五立楡と六阿狐だったが、それが済んだ瞬間にこれまで見てきた姿に戻る五立楡と六阿狐だった。
どうやら王琳の命令は絶対なのは五立楡や六阿狐達だけではなく、得物類を預かった妖狐達や、ここまで案内を行ってくれた三尾の参姜も同様の様子であり、刀を預ける前までと渡された後とでは、その表情や空気感といったものも全く異なっており、今では六阿狐と五立楡のソフィの案内の取り合いを見て、頬を緩めながら微かに笑みさえ浮かべていたのだった。
かつて七耶咫が五立楡達を諫める時に発していた言葉通り、今を生きている妖狐という種族達は、その全員に至るまでが『王琳』という妖狐の長を『絶対者』と認めているようであり、命令された事は何よりも優先されるというのは、この場に居る妖狐者達も必然的に変わらない様子であった。
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