1912.頼れる相棒
シギンは突然のヌーの言葉に眉を寄せながら視線をソフィに向けると、そのままソフィの方を見たままで、ヌーに言葉を返す為に口を開くのだった。
「少なくとも天狗共と戦っていた時のソフィ殿が相手であれば、確実に負けはないだろうな」
そこでシギンはソフィからヌーに視線を向け直す。
ヌーも目の前の人間が今の自分より強いという事は承知していたようで、自分があの帝楽智という女天狗と同程度の力量だと理解した上で、そんな天狗族と戦っていた時のソフィを相手に負けはないと断言するシギンに対して、何も否定を行うような言葉は吐かなかった。
ヌーがどういう反応を示すかを見ていたシギンだったが、やがて少しだけ表情を緩めながら用意していたであろうその先の言葉を口にし始めた。
「お主に一つだけ助言を行っておく。ソフィ殿に本気で勝ちたいと考えているのであれば、何度もソフィ殿に勝負を挑んでみる事だ」
「は?」
「今のお主はソフィ殿との力量差を自分で上手く測れておらぬ状況だろう? そんな状況でいくらソフィ殿に勝ちたいと考えて研鑽を続けていても非常に効率が悪くなってしまうのだ。勝ちたいという願望を抱いておるのであれば、まずはソフィ殿との差というものをある程度知る必要がある。知りたいと願う事があるのならば、本気で知ろうと努力をしなければ、何も得られる事はない」
「……」
「お主は私たち人間よりも寿命が長いのだろう? 妖魔達にも言える事ではあるが、せっかくの長い寿命を持っているのだ。一時の恥など捨てて、死に物狂いで手に入れようと努力を行えば、何も悩む事も後悔する事もなくなる筈だ。重要な事はやれる事を全て試す事だ」
「恥を捨てて……、やれる事を全て試す……」
ヌーは自分に向けられたシギンの言葉の意味を必死に理解しようと考え始めるのだった。
「楽して答えに繋がるキッカケを探そうと、自分より強いと思える者の口からヒントを得ようとしたのだろうが、例え私が何を口にしようと、そこから得られるモノは決してお主の求める答えには繋がらぬ。まぁ、お主の気持ちも理解は出来るがな」
そう言ってシギンは、自分よりも少しだけ背の高いヌーの肩に手を置いた。
「私はお主が研鑽を怠りさえしなければ、十分にソフィ殿に追いつける器だと判断した。ソフィ殿に追いつきたいと、勝ちたいと考えているのであれば、何度でもソフィ殿に戦いを挑み負け続けるのだ。自尊心が強そうなお主には少し酷に聞こえるやもしれぬが、それがお主の求める最善の答えに繋がると私には思える。最後に勝てさえすればいいのだ。これは寿命に恵まれている者に、寿命に恵まれていない者から贈る重要な助言と思ってしっかりと受け止めよ」
シギンは色々と自分の抱く思いを託すように、ヌーの肩に置いている手にぎゅっと力を込めるのだった。
そこにはヒュウガやイダラマ達と同じ悩みを抱いた、シギンの『人間』としてのやりきれない想いが強く込められていた。
「さて、そろそろソフィ殿に追いつくとしようか。いくらお主が『魔』の技法を用いて周囲に声を漏れなくさせたといってもこれ以上立ち止まっていては不思議に思われてしまうからな」
シギンはそう言って最後にヌーの肩をぽんっと軽く叩くと、踵を返して先に歩き始めていくのだった。
その場にテアと二人だけ残されたヌーは、シギンの背中を見ながら言われた言葉を脳内に反芻させる。
「恥を捨てて、全て試すように何度も挑め……、か」
「――」(ヌー、私達も追いつくために、そろそろ行こっか!)
立ち止まったヌーの横に並ぶように一緒に居てくれていたテアは、色々な意味に取れる言葉を彼に告げて、笑みを浮かべるのだった。
「全く、本当にお前は頼りになる相棒だぜ。待たせて悪かったな」
ヌーもまた、憑き物が落ちたかのような笑顔を相棒のテアに向けると、テアの頭に手を置いて優しく撫でるのだった。
「じゃあ、そろそろ追いつくとするか」
「――」(おうよ! 二人で一緒に行こうぜ!)
テアはへへっと照れるように笑いながらそう言って、頼れるヌーの背中を強く叩いて送り出すのだった。
※テアなりの相棒に向けたアドバイスの回です。
『ブックマークの登録』や『いいね』また、ページの一番下から『評価点』を付けていただけると作者のモチベーションが上がります。宜しければお願いします!




