1911.大魔王ヌーの純粋な疑問と、シギンに対する問いかけ
ソフィ達は三尾の妖狐である『参姜』に屋敷の中を案内されながら歩いている。
この王琳が造ったであろう屋敷の中は、ソフィ達がサカダイに向かう道中で寄った旅籠町の旅館の中のような造りになっており、現在ソフィ達が居るこの屋敷の踏込、玄関の土間部分にあたる場所から見渡すだけでも相当な数の部屋があるのが確認出来た。
この屋敷に辿り着く前にも広々とした長い道を通って来た事を踏まえても、ここが元々は妖魔山の中なのだという事を忘れそうになる。
こういった場所を生み出すのもまた、 『理』から作られた『空間魔法』の類の『魔』の概念を用いられているのだろうが、これだけの優れた機能を山の至る所にいくつも維持し続けられるとしたら、相当な魔力を普段から使用しているのだろう。
それだけでも『王琳』という妖狐の強さの一面が、ソフィにも窺い知れるというモノであった。
(あやつにしても『神斗』と呼ばれていた妖魔神にしても、やはり『魔力値』は相当なモノだったという事だろうな)
彼が思案の中で考えた『神斗』だが、実際にはこの『神斗』の中身は『煌阿』であったのだが、ここまで終ぞその事に気付く事はなかったソフィであった。
「ソフィ殿……?」
そんな事をソフィが考えていると、背後に立っていたミスズが、いつまでもこの場から動こうとしないソフィに心配そうに声を掛けたのだった。
「むっ、すまぬ。それでは中に案内して頂くとするか」
「はい。それでは、こちらへどうぞ」
耶王美が離れてからもじっと何かを思案していたソフィに、これまで急かすような言葉も掛けずに、黙ってじっとソフィを眺めていた参姜だったが、意識を戻して案内を頼むと口にすると、直ぐに再び笑みを浮かべた後に踵を返して歩き始めるのだった。
三尾の参姜は前を向くと同時、先程まで浮かべていた笑みを忽然と消して無表情になった。
(この御方が王琳様の口にされていたソフィ殿か。失礼のないように丁重に扱うようにと王琳様は仰られていたけれど、一体何者なのかしら? 見たところそこまで強そうには見えないし、探れる魔力量から省みても王琳様からはほど遠く感じる。神斗殿や耶王美姉様達のように、普段は力を隠して行動をしているという事かしら?)
ソフィ達に背を見せてからは、まるっきり別人のような表情に変わった参姜だが、彼女はソフィがどれだけの力量なのかを探っていたようであった。
……
……
……
そして参姜の案内で屋敷の廊下を歩いていくソフィ達だが、襖が開いている部屋がいくつもあり、その見える範囲からはどの部屋も同じ造りで間取りも変わらないようであった。どうやら一つの部屋だけを細かく造り、後はその部屋の再現を他の部屋にも行っているといった感じなのだろう。
『空間魔法』というソフィ達の世界にはない『理』から用いられた『魔法』だが、ソフィ達の使う『時魔法』と似て非なるものなのだろうなという印象を受けるソフィであった。
後ろを歩くヌーもまた、ソフィと同様に廊下から見える部屋の中に視線を這わせながら、時にはその部屋の襖に自ら触って襖を開けたりと、真剣に作りを確かめている様子であった。
「お主、この空間が気になるか?」
そしてそんなヌーを見ていたのはソフィだけではなく、更にヌーの背後に居たシギンが声を掛けたのだった。
「あ? ああ……、まぁな。俺らが居た世界にはこんな風に『結界』の中に家やら道やらを造り出して、実際に生活が出来るような空間を生み出すような魔法はねぇから気になったのは確かだ」
そう口にするヌーは、どうやら彼なりにシギンという『魔』の理解者を認めているようで、これまでに出会ってきた多くの者達に対する言葉遣いではなく、まさに対等の存在のように扱う口調で話すのだった。
「私は『移動術』の方に長けた『空間魔法』の使い手だが、この『結界』内の『空間魔法』はどうやら『時間術』の方を主に用いられて生み出されているようだ。あの王琳と名乗った妖狐がこの空間の持ち主で間違いないみたいだが、私にはあの妖狐がこの空間を生み出したとはやはり思えぬ。これは実際には別の者が生み出したもので間違いないだろうな」
この世界には『空間魔法』の『理』はおろか、そもそも『理』そのものが存在していなかった。
そんな世界に『理』を生み出したのが、今喋っていたシギンの先祖である『卜部官兵衛』で原初の『理』を生み出した存在である。
そしてシギンも先程口にした通り、この空間は『時間術』を主に利用して作られたものである為、十中八九この空間を生み出したのは『卜部官兵衛』だろうとシギンは考えていた。
(妖魔山に存在しているという事は、先祖ではなく『煌阿』がこの場所を作り出したという可能性もない事はないのだろうが……、しかしあやつは先祖と戦い『理』を理解は出来たのは間違いないが、そのままあの洞穴の中に幽閉されていた。故に自由に外を動き回る事は出来なかった筈だ。いや、しかしあの中でも何度か煌阿の奴の『魔力』の奔流は感じられていたのも確かだ。もしかするとアイツは『時間術』の『理』を理解した事によって、その応用で外側に対して『透過』を併用させながらこの場所にあるような『空間』を『結界』の内側から創造していた可能性もあるか? 否、それは有り得ぬか……。先祖は『隔絶空地入法』と煌阿が呼んでいた『魔』の技法で煌阿の『魔力』そのものを分散させながら封印を施していた。こんな空間の維持を行えるだけの『魔力』をあの『結界』の内側で保有していたとは考え難い。実際にあの『結界』を体験した私だ、どれ程に厄介なのかは身を以て知っている……)
大魔王ヌーは襖を閉めて廊下を歩き始めたが、再び足を止めると、その後ろで急に黙り込んでしまったシギンの方に視線を向けた。
「何やら考え事をしている時に悪いんだがよ、ちっと教えてくれねぇか?」
「ん……、どうなされた?」
大魔王ヌーにしては珍しく、不安そうな表情を浮かべた。
立ち止まった事で少しソフィとは距離が離れているヌー達だったが、更に彼は静かに呟くように詠唱を行うと、シギンにだけ聞こえるような小声で話し掛けるのだった。
「お前はソフィと戦って勝てると思えるか?」
「……」
ヌーに『空間魔法』に関しての疑問を口にされると考えていたシギンは、そのまさかの質問に呆けたような表情を浮かべてしまうのだった。
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