1908.大魔王ソフィを敵にするという事の意味
シギン以外にはまだ現在の斗慧の状況を理解出来ていない。
大魔王ヌーでさえ、その両目や『魔力感知』を用いている現状で尚、斗慧が忽然と姿を消した事を何とか気づいて自分より早く状況を察したシギンが、何らかの対策を講じようと手元辺りで新たに『魔力』を発生させたという認識しか出来ていなかった。
しかしこれはヌーが未熟だからではない。そもそもまだ魔神の『結界』が解除されてコンマ数秒程であり、更に精神体の斗慧の動きは目で捉えられる速度ではないのである。
これはむしろヌーが目で追えているだけでも凄い事であり、ミスズに介抱されている姿勢のエイジでは仕方がないにしても、ゲンロク程の最上位妖魔召士ですら、斗慧の残像がまだその場に残されている状態の認識しか出来ていない状態なのだ。
流石は鵺の種族で五指に入る『本鵺』の中でも、最上位に位置する『斗慧』であったといえる。
――だが、しかし。
ソフィの身体を乗っ取ろうと動いた斗慧がソフィの眼前にまで辿り着いた時、ソフィはその金色に光り輝く魔瞳を展開させながら、この場の大勢の者達が認識出来ていない程の速度で移動を行っている斗慧をまともに視界に捉えていた。
――斗慧は完全に自分を見る事が出来ている様子のソフィの目を見た瞬間に全ての行動を諦めた。
それはむしろ斗慧が判断したというよりも、彼自身が頭で考えるよりも先に、彼の身体がこれ以上大魔王ソフィに近づく事を拒絶したようにも見えた。
そしてそれは、間違ってはいない――。
鵺の中でもトップクラスの強さを誇る『本鵺』の『斗慧』は、大魔王ソフィの身体を乗っ取る事がどれ程の危険性を孕んでいるかを本能で察したのである。
これはソフィが『金色の目』の魔瞳を使っている事が影響したというよりも、魔瞳そのものではなく、ソフィという魔族の目を見た時に斗慧は悟ったという方が正しいだろう。
――この目の前の存在は、自分程度が相手にしてはいけない。
――離れろ、逃げろ、関わったら確実に死ぬ。
頭で理解するより先に、こういった本能が斗慧の中に呼び起された。
しかしそれでも精神体である斗慧は、すでにソフィの『魔力』の一部に触れてしまっている。
やがて中途半端にソフィの身体に干渉してしまった斗慧が、その動きを止めた事で他の者達も彼を目で追えるようになった頃、赤い真四角の『結界』が彼を包み込んだ。
どうやら抵抗せずに止まったところを見たシギンが、誰よりも早くそれに気づいて今度こそ逃さぬように『魔』の技法を用いたといったところであろう。
続けて『理』から生み出された『空間魔法』を発動させると、そのままシギンの『結界』に囚われている斗慧を赤い真四角の『結界』ごと『次元の狭間』へと送り込んで見せるのであった。
本来、この『次元の狭間』へと送り込む事には、相手の身体の何処かに触れていなければ転移させる事は不可能だが、彼は『透過』の干渉を利用する事で自身の放った赤い真四角の『結界』を利用して、その中に居る斗慧ごと転移させたというわけである。
「シギン殿、手間を掛けさせてしまい申し訳なかったな。あやつが動くと分かっていれば、我が先にこの『魔瞳』で動きを完全に封じさせておけたのだが……」
何とか無事に狙い通りに『次元の狭間』へと誘ってみせたシギンが小さく溜息を吐いていると、そんな風にソフィから声が掛けられたのであった。
「いや、どちらかと言えば、今のはこちらの落ち度だった。散々『煌阿』という鵺と戦い、その『魔』の概念理解度の高さを把握出来た筈だったというのに、あやつだけが特別なのだと頭の何処かで勝手に判断してしまった事による過失だった。こちらこそ悪い事をした」
ソフィの謝罪にむしろこちらのせいだったと彼は口にした。
そしてこれでもう彼は二度と『鵺』という種族の存在を侮る事はないだろう。煌阿と斗慧という二体の『鵺』に、自分の認識を根本から改めさせられたシギンであった。
(確かに斗慧の奴は、私の考えていた想定よりも一つも二つも上回っていたが、そんな斗慧であってもこのソフィ殿は更に予想の斜め上を行っていたのであろうな。私たちの使う『魔瞳』とは異なっていたが、ソフィ殿の『魔瞳』の力で奴は動きを止められているようだった。どうやらあの瞳は『青い目』と同等か、それ以上の効力を秘めているという事なのだろう。それもまた非常に興味をそそられる事ではあるが……)
確かに斗慧が動きを止めた時に、ソフィは『金色の目』を使っていたが故に、その魔瞳の効力によって斗慧は動きを止められたのだと誤解してしまうのは仕方のない事だろう。
――だが、実際には違う。
あの時、斗慧がソフィの目を見て動きを止めたのは、その『魔瞳』が要因ではなく、大魔王ソフィという魔族の本質を察した事によって、斗慧の防衛本能が働いた結果だったのである。
もし斗慧があの時、本能に抗って強引にソフィの身体を奪おうと向かっていたら、ソフィの内に眠る『大魔王』によって彼には『結界』に幽閉されるよりも残酷な未来が待ち受けていたであろう。
魔族ソフィが『自己』の部分をしっかりと持っている時も恐ろしいものがあるが、彼が身の危険や『死』を感じ取った時のソフィの本質といえる大魔王の『自我』が現れた時は尚恐ろしい。
全力でその要因を作り出した存在を消滅させる事に、大魔王ソフィは動き出してしまうからである。
魔族として『自己』をしっかりと保っている時のソフィはまだ、ヌーが口にするような甘さと言える部分が残っており、相手の強さに合わせて戦ったり、今後の事を考えて加減を加えたりもする。
しかしひとたびソフィが意識を失い、大魔王の本質と呼べる『自我』の部分が表に出てきてしまえば、その甘さなどは掻き消えて、煌阿の時のようにあっさりと『斗慧』はこの世から消滅させられていたのは間違いない。
煌阿の時はまだ、一種の催眠状態が働いた事によって、ソフィが出せるであろうと判断する八割程の力だったが、 『自我』の部分が全面的に押し出されてしまい、本能で障害を排除しようと動き出す大魔王が動いていれば、その八割の力で収まるかどうかが未知数だからである。
――そうなれば、その世界はあっさりと終わってしまう。
大魔王ソフィが『理』から編み出した固有魔法『終焉』は、あっさりと世界を終わらせる事が出来るからだ。
これは比喩でも何でもなく、大魔王ソフィが持ち得る最大限の力を行使した場合、次の瞬間にはその『星に生きる全生命体の死』が確定してしまうからである。
この全生命体の中には、魔族や人間に妖魔といった者達だけではなく、自然に生きる『精霊』や機能を維持する生命体の死をも意味するのである。
つまり『自己』の部分ではなく『自我』の部分が表に出てきているソフィに対して、何らかの危険性を意識させる事は、この世界の存在だけではなく、幽世に生きる死神達や、天上界に居る神々といった神格を有する者達もまた注視せざるを得なくなる事態へと変貌を遂げてしまう。
現在は大魔王ソフィの『自己』がしっかりと保たれている時が大半を占めている為、力の魔神が危惧する『統一執行』や、天上界の『最後の決断』と呼べるモノが行われてはいないが、もしこのまま今回の『ノックス』の世界で生じたような出来事が繰り返していく事となり、大魔王ソフィの本質の部分が強く出続ける事態が生じれば、いずれは天上界もやむなく決断を下さなければならない時が来てしまうだろう。
この大魔王ソフィという存在は、個にして全を相手にする事態を引き起こす可能性のある『超越者』である。
本鵺という『鵺』の中でも力の有った『斗慧』のように、本能でソフィの命を狙えばどうなるか、そして存在そのモノの差というモノを理解して、素直に無抵抗を選べる英明な者であればまだ良いが、同じ『超越者』と呼べるようなモノが、自分の強さを誇示しようとして大魔王ソフィに挑む場面がくれば、一層気をつけなければならない。
『超越者』同士の戦いというものは、引き時を見誤る事で世界にどういう影響を引き起こすかは、火を見るより明らかだからである――。
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