1907.斗慧の覚悟と最後の賭け
すでに『斗慧』は一度ソフィと対峙した事で『魔』の概念領域そのものが、自身の種族である『鵺』の最高峰に居る『真鵺』に匹敵する程に強大だという事を理解している。
真鵺の編み出した『呪詛』を含めた『呪い』という『魔』の概念の中で、相手の『魔』の概念の一切を打ち消してしまえる『技法』でさえ、人間の妖魔召士達が扱うような『魔瞳』で封じられてしまった。
しかしあくまで先程のは、真正面から直接相対したからこその結果だと斗慧は信じて疑っていない。
このノックスの世界に生息する『鵺』という種族の者達は、手が出せないと思わせる程の強大な存在を相手に、これまで思いも寄らぬ一撃を浴びせて常に陰から勝利をもぎ取ってきた種族である。
妖魔神にしてこのノックスの世界で『魔』の理解者として長く頂点の座に君臨し続けてきた神斗でさえ、鵺という種族の使う『呪い』の概念を軽視せず、その効力の強大さを認めていた程である。
直接対決であったとしても何かと楔を打ち込んでおき、相手が忘れた事に致命傷となる攻撃を与える事を得意とする陰の暗殺者と呼べるのが『鵺』という種族なのである。
現時点において斗慧は、一度ソフィの『魔瞳』といった『魔』の技法を受けた事により、やろうとしていた事を防がれてしまっている。これは当然斗慧にとっても予想外の出来事ではあったが、同時にこの出来事に対して実際に光景を見ていたヌー達や、張本人であるソフィにも直接『魔』の概念でのやり取りを行えば、この斗慧に勝てるだろうと印象を与える事に成功している。
それは無意識に斗慧がこの先に何かをやろうとしても、それをまた防げるだろうという先入観を抱いてしまっている状況にある。
――つまり、その先入観をソフィ達に与えた事こそが、この斗慧にとっての最後の切り札と言えた。
この切り札に全てが懸かっている以上、斗慧は出し惜しみをせずに全力でソフィの身体を奪わなければならない。
もうこの時点で斗慧に生き残る術があるとしたら、この中で一番厄介な存在自体を自分の力に変える以外に手立てがないからである。
他にもこの場に厄介な連中はいるという事を理解している斗慧だが、それでも誰よりも乗っ取りの対象へと選んだソフィ次第だと『本鵺』としての本能と強さを併せ持つ斗慧は判断したようであった。
(一度沁みついた先入観をこの短期間で思い直す事は不可能だ。それも今の俺は『結界』に囚われの身であるが故、もしかするとこやつらはこのまま俺が何もしないまま、捕縛されるとまで考えているかもしれない。多少の計画の狂いを生じさせてしまったが、最後に俺が笑えれば何でもいいのだ……!)
「――」(それでは『結界』を解くわね?)
「ああ、お主が解除をしたタイミングで我がシギン殿に合図を送る」
シギンはソフィと会話を行う相手の『魔神』の話している言葉自体を理解は出来てはいないが、魔神が張っている『結界』が解かれれば、その瞬間にシギンにも感知が行える。
何故ならシギンはすでに空間魔法に於ける『理』の概念や、これまで身につけてきた『魔』の概念そのものを熟知しているからである。
そしてそこまで『理』の理解をしているシギンだからこそ、魔神が『結界』を解除した瞬間のコンマ数秒の斗慧が『自由』となる時間も計算に入れている――。
――それは少し前に『煌阿』と戦った時の経験を活かした蓋然的なモノを考えた対策法。
それが魔神の『結界』が解除されたと同時に行使された。
しかしまず一番最初に行動を起こしたのは、やはりソフィの身体を奪おうと動く鵺の『斗慧』であった。
すでに精神体であった斗慧は、魔神の『結界』が解かれると判断する『魔力』の流れをシギンと同様の速度で感じ取って、一気にその場から転移したかの如くの速度で動いた。
斗慧が動いた事を瞬時に察したのは、やはり斗慧の存在を視認出来ていたシギン、ソフィ、ヌー、エイジ、ゲンロクの五名であったが、エイジはまだ動く事が出来ずにそのまま視線を向けるだけしか出来なかった。
次にゲンロクは斗慧に対して動きを止める捉術の使用を脳裏に掠めたが、これもまた『身』がない精神体である斗慧に効果的な効力を及ぼす事が出来ずに終わってしまう。
ゲンロクが『魔重転換』といった捉術の効力に期待が持てず、次の一手を模索する時間はあまりにも長すぎてしまい、最上位妖魔召士であるゲンロクであってもこの場では斗慧の行動を止められなかった。
大魔王ヌーは斗慧が動いた時、瞬時にテアの手を掴んで自身の背後へと引っ張り寄せた後にスタックポイントを自分の傍元に設置させたが、斗慧の標的が自分とテアでないと判断した瞬間に『スタック』を用意するだけに留めて『魔力回路』に意識を向けて自分達だけに対する防衛反応しか示さなかった。
どうやらこの刹那と呼べる間に、ヌーが『魔』の概念領域に際して認めた『シギン』が、何やら『理』を用いた『魔法』を展開する様子が、魔力の奔流から察知出来た為であった。
そのシギンが放った『空間魔法』と彼らが呼んでいる『時魔法』によって、斗慧がソフィに向かうまでの距離が大幅に変更されていく。
本来であれば、僅かコンマ数秒の間には『斗慧』が居た場所から『ソフィ』へと乗り移れる筈だったが、シギンの『魔』の技法によって強引にその距離を引き延ばされてしまった為に、ここで更にコンマ数秒の差の開きが出来てしまったのである。
――しかしそれでも、流石は『鵺』という種族の上位である『本鵺』の斗慧である。
対象となるソフィまでの距離が一足飛びでは間に合わぬと判断し、そのシギンの『魔力』の奔流を感じ取った瞬間にはもう、目で追う前にこちらも『真鵺』の『魔』の概念技法を展開する。
――『祓、穢れヲ宿す罪に報エ』。
「!」
シギンは自分の『空間魔法』が、斗慧に解除されたのを察知すると、直ぐに口と指で別々の動きを始めさせる。
それは口で『僧全』を用いて同時に手印による『捉術』を展開させて、来るべく一秒先の未来でこの二つを同時に交ぜ合わせようと行動を開始したのである。
それは目で追う最上位妖魔召士の『エイジ』にも『ゲンロク』にも再現不可能な、シギンが至った境地から繰り出される速度を重視した『僧全捉術』の発動法。
――だが、それでも斗慧の行動を阻止するには、尚遅かった。
これが『鵺族』程の『魔』の理解がある妖魔でなければ、幾度となくシギンは斗慧のやろうとしたいくつかの行動に対しての阻止が行えていたであろう。
しかし斗慧は自身の種族の最先技法を用いて、この乗っ取りに全ての覚悟を決めているのである。
「――しまっ!?」
周到たる準備を行い、確実に『次元の狭間』へと転送させられる筈であったシギンは、ここでもまた『鵺』という妖魔の危険性を『煌阿』以外にも確認してしまう事となった。
――それは本当に僅かの差ではあったが、シギンのやろうとした『僧全捉術』の効力が発揮される寸前に、大魔王ソフィの『魔力』へと、精神体化している斗慧が入り込んでしまうのを許してしまうのであった。
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