1904.ようやく会えた師からの言葉
「そもそお主は一体何なのだ? その実体のない身体が本当の姿というわけではあるまい?」
「俺は『鵺』の斗慧だ。そこの人間とかつては契約関係にあった……」
斗慧と名乗ったその妖魔は観念したようにソフィの問いに答え始めた。
まだこの場では本当の力を見せていないソフィだが、それでも斗慧は先程の少しだけの『魔』のやり取りでソフィを格上と認めたようで、このまま隠し通す事は無理だと判断した様子で話し始めた。
「『斗慧』じゃと……!?」
傍で話を聞いていたゲンロクが、その鵺の名を聞いた瞬間に血相を変え始めるのだった。
「ゲンロク殿はこやつを知っているのか?」
「あ、ああ。斗慧はワシらの代より前の妖魔召士組織で危険指定扱いを受けていた『本鵺』だった。姿を見せれば最優先で討伐指令が出される程に凶悪な『鵺』で、特にコウヒョウの町付近では常に警戒態勢が敷かれていた程だと聞いていた。しかしある時を境に全く姿を見せなくなっていた事で、何者かに討伐されたか、もう寿命を迎えたのだろうとされていたのだが……」
ソフィの疑問に慌てた様子で説明を行うゲンロクだったが、どうやらこの『斗慧』と名乗った妖魔は、彼ら妖魔召士の間では相当に危険度の高い妖魔として扱われていたようであった。
「ふん、今を生きる貴様ら人間にも知られているとは驚きだったが、俺は誰にも討伐などされてはおらぬ。それどころかあの忌々しい妖魔召士である『卜部官兵衛』に狙われてさえ、こうして無事に生きてこられたのだからな」
斗慧から『卜部官兵衛』という一人の人間の名が出されたが、どうやら精神体である斗慧の姿を見れる程の者の中でその名にピンとくる者は居なかった様子であり、誰も口を挟まなかった。
――直後、洞穴の奥の方からガシャンと硝子が割れるような音が聞こえたかと思えば、一人の人間が『結界』からその姿を見せ始めるのだった。
「その話、詳しく私にも聞かせてもらおうか」
どうやら『斗慧』を『結界』に封じ込めた後、もうソフィに脅威は及ばないと判断した『力の魔神』が、煌阿の張った『結界』の解除の解析を進め始めていたようで、ようやく無事に解除されたようであった。
「し、シギン様……!!」
「ほ、本物のシギン様!?」
「「シギン殿!」」
「こいつが噂の『シギン』って野郎か……!」
『結界』から無事に出てきて姿を見せ始めたシギンに、ゲンロクやウガマ達、それにかつての守旧派の同志であった妖魔召士達が声を揃えてシギンの名を呼び始めるのだった。
そして少し離れた場所で斗慧達を眺めて様子を窺っていたヌーが、これまで何度も噂に出てきた『シギン』が現れた事で凝視するように視線を向けたのだった。
…………
まだテアに魂を戻されたばかりで、自分の力で身体を起こす事が出来ずにミスズの腕の中に抱かれたエイジを一瞥すると、シギンはそのエイジの元にゆっくりと近づいていく。
「どうやら本当に無事だったようだな」
『魔力』を伴わせた右手で軽くエイジの触診を行って様子を見始めたシギンは、一安心するように息を吐いてそう口にするのだった。
「し、シギンさ……」
「無理して喋らずともよい。お前は一度、魂と身体が乖離した状態だったのだ。機能が完全に回復するまでは安静にしておく事が吉だ」
まだ何かを告げようとしたエイジの額に触れると、シギンは微笑みながら静かに呟く。
すると催眠に掛かったかの如く、静かに寝息を立て始めるのだった。
「お主、済まぬがもう少しそのままで居てやってくれ」
「は、はい……! そ、それは、か、構いませんが――」
シギン殿は本当に生きていたのですねと繋げようとしたが、シギンに視線を合わされた瞬間に恐怖とは違う圧力のようなモノを感じ取ってしまい、ミスズは二の句が告げなくなってしまった。そんなミスズの様子を眺めたシギンは、エイジに向けたものと同じ笑みを彼女に浮かべたかと思えば、すっと立ち上がってそのままゲンロク達の居る方へと歩いて行ってしまった。
誰に対しても常に主導権を握ってきたミスズだったが、シギンに目を向けられた瞬間に、二の句を告げられなくなってしまったのである。
(こ、これが前時代の妖魔召士組織を束ねられた御方か……!)
妖魔退魔師副総長ミスズは、前時代の妖魔召士の長であったシギンという存在を目の当たりにして、今の自分では敵わないと分からされてしまったのであった。時間が経つにつれて少しずつその意識が強まっていき、やがてミスズは腕に抱いているエイジの肩口を強く握りしめて下を向くのだった。
(悔しい……! こ、こんなにも私と差があるものなのですね……!)
ようやく顔を上げる事が出来たミスズは、狼狽した様子でシギンの背中を視界に捉えるのだった。
…………
「お主がエイジ殿やゲンロク殿が言っていたシギン殿か」
「ああ……。お主達には迷惑をかけてしまった。先祖の『結界』を解除してもらって感謝する」
そう言ってシギンはソフィに頭を下げて、感謝の言葉を口にするのだった。
「我もここまでエイジ殿達には仲間を探すのに協力をしてもらった。それにお主自身にもエヴィが世話になったという話はウガマ殿達から聞いた。こちらこそお主には礼を言わねばならぬ立場だ。本当に助かった、ありがとうシギン殿」
そう言って今度はシギンに礼の言葉を口にするソフィであった。
「し、シギン様……!」
ソフィの感謝の言葉に頷きを見せて笑みを浮かべていたシギンだが、そんな彼の元に慌てた様子で駆け寄ったゲンロクは、緊張した面持ちでシギンに声を掛けるのであった。
このゲンロクはかつての妖魔山の調査で、王琳に『魔力』を当てられて気を失い、目を覚ました後はシギンはもう彼らの元から去っており、その後十数年間願っても会う事が叶わなかったのである。
当時はシギンにも色々と事情があったのだろうという事は察していたゲンロクだが、こうして死んだと思っていた恩人にして当時の組織の長であるシギンが生きて目の前に現れた事で、感情を上手くコントロールが出来ずのまま何とか声だけを掛けたのだった。
自分のせいで山の調査を切り上げさせてしまった事への謝罪の気持ちや、慮ってもらった事への感謝の気持ちなどを伝えたいと考えていたゲンロクだが、実際にシギンの顔を見ると色々と気持ちが昂ってしまい、声を掛けるのが精一杯という状態に陥ってしまうのであった。
「ゲンロク……。よくぞあの状態から無事に快復を果たして、組織の長として立派にこれまで組織の者達を支えて見せたな。お前を組織の長に推薦した事をずっと誇りに思っていたぞ? 誠に見事であった」
そう言ってシギンはゲンロクの頭に手を置いて撫で始めた。
実際の年齢はゲンロクよりもシギンの方が遥かに上ではあるのだが、こうして見た感じでは青年に見えるシギンが、年上のゲンロクを労うように映っていて、何も知らない者が見れば少し不自然にも映る姿だった。
「し、シギン様……! ほ、本当にワシは、ワシは……!」
かつて師と仰ぎ尊敬した相手から、本当に立派だったと褒められたゲンロクは、感極まってそれ以上何も口に出来ずに涙を流してしまうのだった。
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