1900.魔神による推測と、脅威的な存在
ヌーの言葉を聞いたソフィもまた、その今の三色併用を纏っているヌーと同規模の『魔力値』くらいまで自身の力を高めた事で、ようやくソフィの目にも『シギン』と『卜部官兵衛』の『結界』を目視出来るようになるのであった。
「これは驚いたな。我がこれ程までに『魔力』を高めて『魔力値』の上限を上げた事で、ようやくこうして認識に至る程の『結界』があるとはな……」
ソフィがそう告げたが、この場に居る者達で目の前の『結界』や『シギン』の姿を見る事が出来ている者は非常に少なかった。
それもその筈、ソフィやヌーが『三色併用』を用いている状態でようやく認識に至れる程の『結界』なのである。
妖魔退魔師たちはおろか、赤い狩衣を着ている『妖魔召士』達の護衛達でさえ、シギンの姿や『結界』の存在を認識出来ていない状態だった。
この場に居る者で明確にシギンの姿をその両目で捉えられている者は、大魔王ソフィに大魔王ヌー、そしてエイジとゲンロクにイツキの五名だけであった。
「どうやらあの『結界』の内側に居る者の服装を見るに、エイジ達の口にしていた『妖魔召士』のシギンという者なのだろうが、何かを口にしているようにもみえるが全く聞こえぬな。どうやら『魔力』を高める事で『結界』の目視は出来るようにはなるみたいだが、その内側に居る者達の声までは聞こえぬようだ。どういう原理なのかまでは分からぬが、これはひとまず『結界』の事に誰よりも詳しいであろう『魔神』をこの場に呼び出しておいた方がよさそうだ」
ソフィはそう告げると、言うが早いか詠唱を行い、この場に再び『力の魔神』を使役するのだった。
「魔神よ、何度もお主を呼んですまぬが、少し見て欲しい物が出来たので呼ばせてもらった。この『結界』の内側に居る人間が、我達を見て何か口にしているようだが全く分からぬのだ。お主であればこの『結界』を解除出来るのではないか?」
「――」(ちょっと待ってちょうだいね。一目見ただけでは私にもどういった原理の『結界』かを把握出来ない。少しだけ調べさせてちょうだい?)
「うむ、分かった。それではよろしく頼む」
ソフィの言葉を受けた魔神はにこりと微笑みかけると、視線を『結界』の方へと向け直すのだった。
「――」(何と難しい術式を何重にも重ねているのだ……。この幾重にも張り巡らされている『魔』の技法の中にある術式、そのたった一つだけでも目を背けたくなる程に細かな羅列の記述がある。そしてその羅列とは異なるまた別の『魔』の技法には、先程の術式の効力を増させる記述が隠すように埋め込まれている。一つ一つの術式の羅列にももちろん意味と効力があるというのに、この『結界』そのモノの完成を担う為に、その一つ一つの術式が用意されているのだと考えて間違いないだろう。これは流石の私であっても一目では看破出来なかった。他の魔神であれば、表の効力に目を奪われて終わりだっただろう。用意されている術式、羅列、幾重にもブラフとなる発動羅列を交えているが故、裏と呼べる本来の術式を見落としてしまう。そしてその裏の術式こそが、この『結界』の主軸に当たる部分に使われており、捕らえた者の『魔』に関する記述の部分に該当しているのだろう。なるほど……、つまり外側に居る者に向けられた阻害の意味は、この内側に捕らえた者に対する『魔』の部分への認識の阻害を担っているわけだ)
力の魔神はブツブツと独り言ちながら、煌阿の放った『卜部官兵衛』が生み出した『理』から作られた『結界』の魔法の解除の手順を丁寧に一つずつ紐解いていく。
エヴィが行ったようなソフィの力の恩恵によって増幅された『魔力』を用いた『空間除外』と呼ばれる『時魔法』と、効力そのものを打ち消す『透過』を上手く併用させて放たれた力任せと呼べる強引な解除法ではなく、卜部官兵衛が編み出した『隔絶空地入法』の『魔法』の発動羅列と展開に用いられた記述の部分の全てを正当な解除の手順を踏みながら、理解と解除を同時並行させて『隔絶空地入法』の魔法の効力を確実に一つ一つ消していく『力の魔神』であった。
「解除の途中にすまぬが魔神よ、一つだけ教えてくれ。こうして今の我のようにある程度まで『魔力』を高める事でこの『結界』や人間の姿を視界に捉える事には成功したが、中に居る者の情報を『漏出』でも探れぬ。これはこやつが何やら口にしている事を聴き取れぬ事にも関係しているのだろうか?」
「――」(全てを完全に理解したわけではないから、あくまで私の推測になるけどいいかしら?」
「構わぬ」
ソフィと魔神の会話の最中、後ろで姿だけを捉える事の出来ているヌーは、必死にテアに話し掛けて『魔神』の話している内容を通訳しろと口にしていた。
テアもヌーの言葉に素直に頷き、ソフィと魔神の会話だけではなく、先程の魔神の独り言も意味が分からぬままその通りにヌ―に伝えるのだった。
「――」(まず、この『結界』の内側に居る者の声が聞こえない理由としては、精霊達の五大元素となる『風』の『理』を用いた発声に於ける力に制限が掛けられている事が原因でしょう。そしてもちろんそれだけではなく、幾重にも張り巡らされている発動羅列の一部分に『時魔法』に関する記述が埋め込まれている。こちらの記述によって、発声そのものが抑制されてしまっていて、 『結界』の内側の言葉が『結界』の外側に居る者には伝わらないようにしてあるのでしょうね。次に内側に居る者の『魔』の概念そのものを全て外側に伝えられぬように、こちらも幾重にも準備されている術式によって、一つ一つの『力』を見事に別の『空間』へと転移、保存される仕組みを作られているわ。今の貴方の『魔力値』であれば、この者の『魔力』そのものの識別記号と呼べるものは『魔力感知』で把握は出来るでしょうけど、その更に進んだ情報源を得る為には、その他の場所へ分散されて転移させられた『空間魔法』を解除する必要があるでしょうね。だから貴方の『漏出』という魔法では、すでにその場に存在しなくなった記号となるこの者の『魔』の概念を探れないという事に繋がるのよ)
「成程……。素となるこの人間の『魔力』自体は他の場所へ転移させられておらぬから、そのまま普通に探れるだけの魔力を持っていれば感知だけは出来るが、それ以外の『魔』の概念に関しては、もうこの者の内側からなくなってしまっておるから探れぬという事か」
「――」(そういう事だと思うわ。しかしこれは……。ソフィ、ハッキリ言うわね? この『結界』を生み出した者もまた、間違いなく貴方や前に一緒に居た存在と同様に『超越者』で間違いない筈よ。それも貴方とは違うベクトルで野放しには出来ない存在。正直に言って『天上界』から見れば、この『結界』を生み出した者の脅威度は貴方より優先されると見て間違いない。それでもこれまで執行者が手を出していないのは、上手くこの『理』を生み出した存在が立ち回っていた事に他ならない。どうやらこの存在は単に強い力を持ち過ぎていただけではなく、間違いなくその『力』そのものが引き起こすと考えられる事象を完全に把握出来ていたのでしょうね)
「ほう……! 下界の者が用いた『結界』に関して、お主がそこまで褒めるとは珍しい事だ。これは驚いたな」
ソフィが感心した声を上げていると、同時にテアによって通訳されていたヌーもまた、後ろで目を見開きながらソフィと同様に驚いていたのだった。
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