1897.意欲と感慨
シギンという人間の居る場所へ向かうソフィ達は、それなりに長く妖魔山の空を飛んでいたが、耶王美から目的地はもうここから直ぐだと告げられた為、一度森の中へ降り立つ事にするのだった。
ソフィやヌー達に掴まって妖魔山の空の上を遊覧飛行していたヒノエやミスズ達は、満足そうな表情から一転して名残を惜しむような表情をすると、互いに顔を見合わせて苦笑いを浮かべていた。
そんな彼女達の様子を何も言わずに眺めていた耶王美だったが、やがて彼女達が静かに耶王美の方に視線を向けると、耶王美はこの先の洞穴まで案内すると告げて森の中を歩き出していく。
どうやらこの耶王美は『千里眼』と呼べる程に遠くまでを見渡す力を持っているようで、すでにこの場にもシギンが張ったであろう『他者除け』タイプとソフィ達が呼ぶ意識阻害系の『結界』が施されているのだが、彼女には明確に道が見えているようで、一切の迷う様子もなく確かな足取りで進んでいくのだった。
「しかし奴の張った『結界』は非常に厄介なものだな。我がそれなりに本気で探ろうとして『漏出』を用いていたというのに、全くこの山に居るという事が分からなかった」
「ソフィ様、それは妖魔神って奴が『時魔法』を用いて、この山とは違う『外界』に空間そのものを切り離しているからです。単にこの世界に意識阻害や認識阻害の『結界』を張っているのであれば、絶対にソフィ様の『漏出』からは逃れられない筈です」
ソフィが弱音めいた言葉を口にした瞬間、エヴィが即座に否定するように反応するのだった。
この『空間魔法』による『結界』は、ソフィの知らぬ『魔』の概念を用いているが故に、その事を理解して対策を取らなければ、どうにもならないのだと必死に説明を行うと、ヌーが訝しむように眉を寄せた。
(確かに煌阿って野郎は『次元の狭間』にも入り込んで自由に動いているようだった。俺でさえフルーフのとは少し異なっているミラの奴が編み出した『概念跳躍』の応用を使って何とか移動を可能とする事は出来たが、ソフィ達のように自由に動く事は出来なかった。煌阿って奴は『空間魔法』に関する『理』を得ているのは間違いないな……。奴だけが勝手に『次元の狭間』といった別空間へ移動するだけなら何も問題はないが、これが自分だけではなく、戦っている相手をも自由自在に別空間へ跳躍させられるというのであれば話は変わってくる。実際に俺は動くどころか後からテアに話を聞くまでは『次元の狭間』内で、何が起きていたかの認識すら出来なかった。あの中であれば、どれだけ俺が力をつけたところであっさりと縊り殺されてしまうだろう。何とかして『空間魔法』の『理』を会得しなければこの先どうにもならねぇな……)
この世界は元々程度の低い世界だとヌーは認識していた。それは煌聖の教団の幹部であった『セルバス』から事情を聞いていた事が原因ではあったのだが、実際にきてみればその情報はまったくあてにならないものであった。
今の『時魔法』の『理』に関するものだけではなく、単に刀といった得物で戦う妖魔退魔師や、エイジ達といった『魔』で戦う妖魔召士にさえ、大魔王ヌーは自分が劣っているのだと思い知らされた程だった。
その上に全く次元が異なる『魔』の概念を使う人間や妖魔が居るというのだから、如何にこの世界が危険で準備不足だったか分からない。
もしソフィやテアが居なければ、ヌーはこの世界に来た事で二度と立ち直れなかったかもしれないのだ。彼は絶対に口には出さないが、テアだけではなくソフィにも多大な感謝を抱いてこの場を歩いているのだった。
(俺の実力なんざ、まだまだ何をするにも中途半端で威張れるもんじゃねぇ。こんな体たらくの状態でイキがったところで本当の実力者達に鼻で笑われて終わりだろう。当分俺には自己研鑽を行う時が必要だ。元の世界に戻ったらフルーフの野郎と一戦交える事にはなるだろうが、単に戦うだけじゃなくてその一戦さえも糧に出来るように明確な目標を立てながら、奴の『魔』の戦闘法を利用するしかねぇ。俺はこの世界にエヴィを探しに来ただけじゃなくて、強くなる道標を得たんだ。その事に気づけただけでも『ノックス』の世界に来た事は収穫があった。待っていやがれよ、ソフィ。俺の成長速度を舐めやがるんじゃねぇぞ……!)
目をギラギラとさせて意欲に満ち溢れた様子だったヌーは、無意識に『青』のオーラを纏わせ始めていた。
しかしあくまで戦闘態勢をとっているわけではない為、天色や瑠璃といった明確な『青』のオーラではなかったのだが、それでもそのオーラはこれまでより少しだけ、僅かに緑みを帯びた暗い青色をしているように見えるのだった。
当然に唐突にオーラを纏い始めたヌーに意識を向けた者は多かったが、その中でもその色に特別意識を向けた者は、ソフィ、シゲン、ミスズ、イツキ、エイジ、ゲンロクの六名だけだった。
特にシゲンは最近『鉄紺』の『青』の力に目覚めたばかりであったが故に、同じ力を宿しているとみられる大魔王ヌーに、説明が出来ない感慨を覚えた。
同じ力を得るに至った者同士の『仲間』という感情が一番近いのだが、それはこの場に居るような妖魔退魔師の『仲間』とも異なり、かといってこの山に同行している妖魔召士組織の者達よりも近くに感じられているのだ。
――それは『価値観』の共有が出来ているといえばいいだろうか。
そこに至るには他のモノでは替えが利かない程の意欲的な『何か』が秘められているのは間違いなく、同じ高揚感を抱いたからこそ、その対象となった『モノ』そのものより、得た後の何ともいえない、しみじみとした気持ちをこの場でヌーと共に抱くシゲンであった。
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