1896.礼と謝罪
「それでは耶王美殿、シギンという人間の元へ案内を頼む」
「分かりましたわ。ここからそこまで離れてはいませんけれど、飛んで行かれますか?」
そう言って耶王美は、ちらりと飛べないであろう人間達の方を一瞥する。
「うーむ……。ヒノエ殿はどうしたい?」
「えっ!? わ、私か!?」
ソフィに急に話を振られたヒノエは、慌てた様子で返事をする。
「クックック、ここからあまり離れていないようだが、少しでもお主に空の上からの山の景色を見させてやりたいと思ってな」
「ぅあっ、そ、ソフィ殿……!」
一度は妖魔山の中腹付近で空からの景色を眺めたヒノエだが、確かに空からの眺めは格別なものであった為に、機会があればまた空を飛んでみたいと考えてはいた。しかし実際にその機会を与えてくれるとは思っていなかったようで、そのソフィの慮る気持ちに彼女は非常に感動している様子だった。
(たった一度の約束、それもこんな場面であの時の事を思い出してくれたってのかよ! ソフィ殿は何と寛大な心を持っている御方だよ! やべぇ、つい胸にキュンときちまったぜ……っ!)
「ヒノエ組長。せっかくの機会なのですから、ここはお言葉に甘えませんか?」
ミスズは少し興奮気味にヒノエに提案してくる。どうやら彼女も空を飛んで移動する事に賛成の様子であった。
「は、はい! そ、それではソフィ殿、宜しくお願いしたい!」
「うむ、分かった。では、ヌーよ……」
「お前なぁ……!」
「ソフィ様! 飛べない人間連中は僕が纏めて引き受けます! そんな自分勝手な大魔王なんか頼る必要なんてありませんよ!」
「あ……? てめぇがそれを言うかよ? お前以上の自分勝手な魔族なんか存在しねぇだろうがよ!」
「大魔王ヌー、僕はお前に一つだけ言っておくことがある」
「何だよ……?」
「僕はじっちゃん達からお前がミラに協力していたと聞いている。もう『煌聖の教団』自体はソフィ様に滅ぼされたって直接ソフィ様から聞いたけど、僕はまだお前を許したわけじゃない。今ここでお前を生かしてやっているのは、ソフィ様が元の世界に戻られるのにお前の力が必要だから仕方なくだ」
「それで? 何が言いたい?」
大魔王ヌーはエヴィを睨みつけながらその先の言葉を促す。
「ソフィ様の言葉には黙って従え。そうすればこの世界に居る間だけは、僕もお前を殺さずにおいてやる」
「あ? 勘違いするなよ、天衣無縫。俺がソフィの野郎と協力関係を結んでいるのは、契約上で仕方なくだ。別にソフィの部下になったつもりはねぇ。あんまり気にくわねぇことをゴチャゴチャ言うつもりなら、俺はもう帰らせてもらう。俺が協力するのはてめぇを見つけるところまでだからな」
「まぁ、待てヌーよ。我はここまで協力してくれたお主に感謝しておる。ここまで来たのならば、何事もなく円満に最後の時を迎えようではないか。エヴィも事情が事情だけに我も咎める事はせぬが、今ここに居るヌーは『煌聖の教団』と同盟だった頃のヌーではないのだ。我のせいでお主を巻き込んでしまった事は申し訳なく思っているが、お主もヌーにそのような言葉を口にするのはやめておけ」
「そ、ソフィ様……! も、申し訳ありません……」
しょんぼりとした表情を浮かべたエヴィの元に、耶王美がそっと寄り添うと、そっと彼の頭を撫で始めるのだった。
それを見たテアも真似をしようと考えたようで、必死に背伸びをしながらヌーの頭を撫でようとし始めたが、ヌーはその手を掴んで拒否すると、小さく溜息を吐いた。
「ちっ! 分かった、分かった。大人しく運ぶのを手伝ってやるから、てめぇもここは引け。まだ話があるっていうならしっかり元の世界に戻ってから聞いてやる。俺は逃げも隠れもしねえからよ?」
「ああ……。僕も事情を知らないのに、アレコレと過去の事を口にして悪かった。ソフィ様がこんな風に言うって事は、お前は本当にソフィ様の助けになっていたんだな。悪かったよ、もう言わないよ!」
エヴィが口を尖らせながら謝罪を口にすると、よく出来ましたとばかりに耶王美がエヴィに優しく微笑みかけるのだった。
「ようやくそっちの話はついたか? 耶王美、俺は少しやる事があるからソフィ達の案内はお前に任せる。話が終わったら例の場所に改めてソフィ達を連れてこい」
「分かりましたわ。それでは七耶咫、王琳様を任せましたわよ?」
「はい、お任せください姉様」
七耶咫は耶王美に恭しく頭を下げてそう告げると、その場に居た王琳以外の妖狐全員が耶王美に深く頭を下げるのだった。
「それでは皆さん、案内しますわ」
そう言って自分に向けて頭を下げ続けている妖狐達を一瞥した彼女は、静かに踵を返して歩き始めるのであった。
その威風堂々と呼ぶに相応しい『八尾』の耶王美の振る舞いに、大魔王エヴィも満足そうな表情を浮かべて後を追いかけるのだった。
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