1891.力の魔神の心配を余所に
大魔王ソフィは視線を動かしながら、山から見える景色をその目に捉え続けている。
もちろんそれは山からの見事な情景を眺めているというわけではなく、何らかの手段を用いて転生を果たそうとするかもしれない存在を感じ取ろうとしているのだ。
そのソフィの様子を静かに見届けている者は多かったが、中でも大魔王であるヌー、退魔士のイツキ、妖狐の王琳の三名は、ソフィに視線を向けつつも、そのソフィの視線の先を捉えるかの如く追従する。どうやらソフィが感知しようとしているモノを、彼らもまた探ろうとしているようであった。
しかし結局はこの場で探ろうとしている者達の目に『煌阿』の姿を捉える事は出来ず、ソフィを含めて誰も『魔力』を感知する事も叶わなかった。
やがてソフィは四翼の形態を元に戻し始めると、その煌阿を探す事に向けていた視線を頭上高く、力の魔神が居る方向へと向けた。
そのソフィの視線を感じ取った魔神は、直ぐにソフィの居る場所へと転移してくるのだった。
「――」(ソフィ、どうやら奴は完全に消滅したようだわ)
「ああ。我もこの世界に存在する全ての存在を探ってみたが、何かが変わった様子さえ見受けられなかった。どうやら復活の可能性はなさそうだ。魔神よ、もうお主の結界を解除してくれて構わぬよ」
「――」(それはまだ駄目。貴方が現在も展開しているその『力』を完全に戻すまでは、この『結界』を解除はさせられない。そうでなくともすでに天上界からこちらを探っている者達が居る事は、私にも『結界』を通して伝わってきてる。このまま貴方が元に戻る前に『結界』を解除すれば、私がこの世界を守る意志を放棄したものだという風に取られかねない。そうなれば確実に統一執行が行われる。これはもう冗談ではなく、現実に起こり得る話なのよ?)
「むっ、分かった。だからそのように睨まなくてもよいではないか……」
普段はにこにこと笑いかけてくれる力の魔神が、他でもないソフィに対して厳しい視線を向けてきた事で、ソフィも少しだけイジけるようにそう口にしたのだった。
「――」(まったくもう……。今回ばかりは流石に私も肝を冷やしたわよ? 貴方がいったいあの空間の中でどんな幻覚を見させられたのかは知らないけど、今回の貴方が開放した『力』で、数十回に渡る世界崩壊を瞬時に行えるだけの危機を迎えていたの。私が直ぐに『固有結界』を張らなければ、執行権限を持つ魔神が少なくとも数体は出現を果たしていた。下手をすれば『女神階級』が顕現していてもおかしくはなかったのよ?)
魔神の話す『女神階級』とやらが何なのかはソフィにも分からなかったが、その力の魔神の口振りを省みれば、相当に天上界でも権限を持つ存在の事なのだろうと理解するのだった。
「すまぬ、あの者が見せた幻覚の中では、過去にお主と戦った時の出来事が思い起こされていたのだ。それもお主があの時以上の強さだったものでつい、我も本気にならざるを得ないと感じられてな……」
「――」(えっ……? わ、私の事を考えていてくれていたの? あらあら、まぁ! うふふふ、そうなの? うふっ……!)
ソフィが幻覚の中で戦っていた相手が『力の魔神』だったのだと当人に伝えると、余程に予想外だったのか彼女はそれまでの刺々しい表情から一転、非常に嬉しそうに頬を緩めたかと思えば、ソフィに対してにこやかな笑みを向け始めるのだった。
「しかしこうして幻覚が解かれた今となっては、あの出来事は過去の中にあったもので、こうして現実には有り得なかったのだと自覚出来ているのだが、実際に奴の『呪い』が解かれるまでは不思議と疑いすらしなかった。幻覚というものは恐ろしいものだな」
しみじみとソフィが思い耽りながら呟くと、魔神は何か思案するように目を細めた。
「――」(確かに幻覚とはそういうモノではあるけども、ソフィと戦ったあの者は一際幻覚に長けた、 『魔』の概念に秀でた一族だったみたいね。貴方が力を開放した事で耐魔力も相応に上がっていたというのに、即座に解除されなかった事を省みても相当の者だったと理解に及ぶ。あの者が世界の支配に動き出していれば、下界の大多数の者が奴の手足となって、この世界は非常に面倒な事になっていたでしょう)
「ふむ。我が最初の犠牲だった事は不幸中の幸いだったという事か」
「――」(もう! 貴方が幻覚に囚われる事の方がよっぽど面倒よ。ここまで私を取り乱させておいて、あまり馬鹿な事を言わないで頂戴?)
「クックック、本当にすまなかった。他の者達にも面倒を掛けた事を謝りたいところだが、まずは――」
そこでソフィは妖狐の耶王美に肩を借りながら、こちらを心配そうに見つめる男の方を振り返るのだった。
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