1889.大魔王エヴィの呪いと、大魔王ソフィの怒り
(神斗の身体を失ったのは痛手ではあるが、あの魔神の『結界』を外側から破ってこの場へ入ってこれる程なのだから悪くはない筈だ。まずはコイツの身体と『魔』の概念を利用してやり、その後に次の身体を……っ!?)
煌阿は殿鬼や神斗の時のように、大魔王エヴィの身体を乗っ取ろうと体内へ侵入を果たしたのだが、その神斗達の時とは明確に違う異変を感じ取り、思わずエヴィの身体で表情を歪めてしまうのだった。
この煌阿は『鵺』であり、別世界では『呪法』と呼ばれている『魔』の概念、この世界では『呪い』と称されている『力』に長けた一族にして、その種族の中でも『真鵺』に並ぶ程の概念領域に到達している程である。
他者の精神を完全に支配し、自らが乗っ取る事も可能な程に強力な『力』を有しており、他者に『死』を届ける程の憎悪を孕んだ『邪』の『呪い』を齎す事の出来る存在なのだが、そんな煌阿をもってして吐き気を催すような感情が煌阿の精神を駆け巡った。
――不安、不満、嫌悪、恐怖、罪悪感、劣等感、憎しみ、苦しみ、怒り、哀しみ、諦念。
この身体を奪ってみせた『呪い』を用いる側の煌阿だが、大魔王エヴィの内包する『呪い』の強さの芯の部分に触れた瞬間、その悍ましさに意識を奪われてしまい、コンマ数秒の短い間ではあるが考える事を強引に放棄させられてしまうのだった。
そして突然に死んでいた者が息を吹き返すように、発作的にびくんっとエヴィの身体を大きく震わせる。
(な、何だコイツは!? 鵺であるこの俺が、コイツの精神から完全に支配しようとしていた筈だというのに、コイツの根の部分に触れた瞬間に、すでに乗っ取った後だというのにコイツの思念に意識を持っていかれかけた)
確かに神斗の身体を奪った時も、奴自身の精神の一部分だけが残っていたのは煌阿も感じられていたし、実際に『透過』を用いて神斗は、精神の一部分の同居をして見せていた。
だが、この大魔王エヴィの場合はそんな神斗の時のような、精神の一部分が残されているなどという生易しいものではなかった。
大魔王エヴィの身体の中に入り込んだ煌阿だが、神斗のように一部分だけが残っているというわけではなく、まるで煌阿の中に全く変わらずに大魔王エヴィの精神が点在している状態にあった。
そして今も徐々にではあるが、大魔王エヴィが煌阿の精神をジワジワと蝕んでいく感覚が煌阿に感じられている。
(だ、駄目だ……! ど、どういうわけだか分からぬが、こいつの中に居れば俺は俺ではいられなくなる。そ、それどころか気分が悪すぎて、な、にも、考える事が……!)
そのまま煌阿はこのままエヴィの身体の中に居れば、自分がおかしくなると結論付けたようである。
そして次の身体を選んでいる余裕などなく、何とかして直ぐにでもこの身体から離れようと入り込んだ時のように『魔力』で出来た膜を展開しようと『魔』の技法を用いようとしたその時であった。
身体から離れようとする煌阿の精神体に、影のような黒い手が伸びてきたかと思えば、がしっと首を強く絞められた。
「かっ――!?」
首を絞められる苦しみがエヴィの体内に居る煌阿に直接感じられると、次の瞬間には眼球を指で突き破られたような痛みが感じられて、それだけに留まらずに次から次に精神体である筈の煌阿に、実際の身体を有していた時のような痛覚が伝えられていく。
そして流石は『鵺』だけはあり、この状況はこの身体の本来の持ち主である『エヴィ』による『呪い』のせいだと煌阿は確信する。
本来はこのように身体を支配されてから、煌阿に対して内側から干渉する事などは『透過』を用いても不可能な筈であるが、どうやら煌阿の『魔』による支配力を上回る程の『呪い』を大魔王エヴィは有しているようであった。
かつて大魔王エヴィは耶王美に、格上であろうと本気になれば誰でも殺せると口にした事がある。
それは比喩表現でもなく、全く正しい意味合いを持っていた。
――エヴィは大魔王である前に『呪法師』である。
これまで数千年と生きてきたエヴィは、この世に存在する負の感情を常に抱いて生きてきた。
最初は殺される恐怖を覚えて、次に唐突に訪れた不条理に対する憎悪。そこから他者を呪い殺す事による罪悪感に苛まされていた時期もあり、大魔王ソフィに精神と身体を助けられて希望を抱いたが、その後に彼は劣等感を抱いてしまい、大魔王ソフィに対する恩を返したいと考えてからも年月が過ぎていき、自分は大魔王ソフィに与えられるだけ与えられて、一つも返す事が出来ない恩知らずなのだと自覚して絶望を覚えた。
――その絶望は今も孕み続けており、大魔王ソフィの恩情に今もエヴィ自身は囚われている。
『呪法』――。
この世界では『呪い』と呼ばれているその概念は、不幸度が増せば増す程に強力な『力』が蓄えられていく。
そんな『呪い』を幾千年と抱いて生きている大魔王エヴィは、どうやら『煌阿』という『呪い』に長けた『鵺』ですら想像を絶するものだったようで、もうこの身体の中でエヴィの感情を共感したくはないと必死にもがいたが、無遠慮に入り込んできた煌阿の精神をエヴィは決して逃すつもりはないようで、今度は身体を支配した筈の煌阿がエヴィの身体から抜け出す事が出来なくなった。
――よくも、よくもよくもよくも……。
そしてあらゆる激痛と苦しみを与えられ続けている煌阿のもとに声が聴こえ始めてくる。
――よくも、無遠慮に僕の中に入り込み、僕の大事な感情を勝手に曝け出してくれたな。
(や、やめ……っ!!)
――許さない、許さない、許さない、許さない!!
何度も何度も目を逸らしたくなる程の激痛を覚えさせられて、止む事なく与えられ続けていく煌阿は、精神体だというのにその身体が現実のモノであるかのように伝わっていき、遂に彼にも精神の限界が感じられた。
――そのまま魂の部分にまでエヴィの『邪』の汚染が始まっていく。
(ちょ……うし、に、乗るなぁっっ!!!!)
――『祓、穢れヲ宿す罪に報エ』。
それこそは、煌阿の『真鵺』が編み出した『魔』の技法。
次の瞬間、ようやく蝕み続けていた大魔王エヴィの『呪い』がピタリと止み、想像を絶する苦しみから解放されるのだった。
そしてもう今しかないとばかりにせっかく苦労して入り込んだ筈のエヴィの身体を放棄して、煌阿の精神体はエヴィの身体の外へと抜け出てくる。
――だが。
「貴様が、我の大事なエヴィの身体を奪おうとしたのだな?」
苦労して大魔王エヴィの身体から抜け出た煌阿に、これまでの精神体のもとに届いていた『エヴィ』の声とは違った声が聞こえてくる。
いつの間にか四翼の黒い羽を生やした大魔王ソフィが、三色のオーラを同時に纏わせながら煌阿の前に立っていた。
「死ね――」
(あっ、ぇ……!?)
――魔神域魔法、『終焉』。
……
……
……
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