1858.言葉にするのは簡単だが、理解する事は難しい
話を終えたミスズにシゲンが視線を送ると、ミスズもその視線に気づき軽く頷いて見せるのだった。シゲンが途中で口を挟まず、話し終えた後も何も言わなかったところをみると、あのタイミングでの言動は正しかったようである。
「それでは改めて話を聞かせてもらおうか」
エイジが守旧派の妖魔召士たちの方を見ながらそう言うと、一番手前に立っていたリクトが他二人の同志の顔を窺った後に静かに話し始めるのだった。
…………
リクト達からコウエンとの離れ際にサイヨウの呪符をエイジに渡すように託された事、それにコウエンがイダラマ達と結託して妖魔山に来た理由といった事情を細かに説明されると、ようやくエイジとゲンロクも色々な事が腑に落ちたのだった。
「そうか。では、コウエン殿の目的の妖狐があの王琳という者だったわけなのだな。確かにあの背筋も凍る程の『魔力』から省みても、件の妖狐が奴で間違いないな」
「まず間違いなく奴じゃ。それが証拠に少し話題に出ただけでこれじゃ。これを見てみよエイジ。もう何十年も経つというのに、やはりワシの心の奥底ではまだ尾を引いているようじゃ……」
そう言ってエイジに震える手を見せるゲンロクであった。
かつてゲンロクはシギンやサイヨウ達と共にこの妖魔山に登り、そして今回出会ったあの妖狐を前にして『魔力』にあてられてしまい、一時は妖魔召士としての活動が出来なくなりかけてしまったのである。
何とかサイヨウやコウエン達といった、かつての四天王達が代わる代わるゲンロクのフォローを行い、少しずつ怖れを取り除き、長期にわたるリハビリの末に『魔力』を本来のように循環出来る程までに回復を果たしたが、それでも心のケアまでの快復には至らなかったようである。
「無理もあるまい。あれはどう考えても普通ではない。単に『魔力』が高いだけの妖魔というよりは、間違いなく妖魔召士としての心得を持つ『魔』の理解者と言った方が正しい。あんな妖狐が平然と歩いているこの山はやはり普通ではないという事だな……」
ここまで弱気な言葉を吐くエイジは珍しく、スオウは初めてこんなエイジを見た事で目を丸くして驚いていた。
(俺たちの世代であれば、誰もが一番に名を挙げる程の天才妖魔召士のエイジ殿がこんな風になるなんてね。どうやら『魔』の資質がない俺達には感じられなかった何かを妖魔召士の方々は感じ取っていたのだろうな)
スオウは腕を組みながら、このあとの頂までの登山に思いを寄せて気を引き締め直すのだった。
「それでこれがコウエン殿との別れ際に預かったものじゃ。どうやら本来はコウエン殿ではなく、サイヨウ殿から直々にエイジに渡そうと思っておったらしいのじゃが、色々と事情が重なって結局は渡せず仕舞いであったようなのだ。それで結局預かったまま、はぐれとなったコウエン殿は肌身離さず持っておったそうだ」
そう言ってサイヨウの持っていた『式札』をエイジに渡すリクトであった。
「これをコウエン殿が……。かたじけない、リクト殿」
両手で大事そうに式札を受け取ると、渡してくれたリクトに頭を下げるエイジであった。
「ふふ、これでようやく肩の荷が下りた……。コウエン殿の最期の頼みじゃったから、何が何でもお主に渡すまでは死んでも死にきれぬと考えておったのだ」
「ああ。ほんにその通りじゃ。なにぶん一度は山の麓まで案内されてから、五立楡殿や六阿狐殿に頼み込んで再び天狗共の縄張りまで案内してもらい舞い戻ってきたんじゃからなぁ!」
「彼女らにも感謝をせねばなるまいよ」
どうやら本当に裏表なくエイジに呪符を渡すのが目的だったようで、しっかりと渡し終えた今の彼らは憑き物が落ちたかのような表情で笑みを浮かべていた。
「あの妖狐が……」
一度は袂を分かったとはいえ、コウエンという師の大事な同志の姿を頭に思い浮かべると、エイジは強くサイヨウの式札を握りしめたのだった。
「やめておけ、エイジ。あの妖狐は今の俺やお前がどうにかできる相手じゃねぇ。悪い事は言わねぇからソフィに任せておけ」
エイジがどういう思いを抱きながら呪符を握りしめたのかを察したヌーは、そうエイジに忠告を行ってみせるのだった。
「確かにお主の言う通りだ。それに小生がこんな感情を抱くのは筋違いも甚だしい」
その感情は言葉にすれば簡単なものだが、実際にしっかりと理解するのは相当に難しいといえる代物なのであった。
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