1852.煌阿の結界
(そのソフィというのが、エヴィが慕う主の名なのだろうか……。やはり、天狗族をこの世から葬った黒羽で間違いないな……)
その『耶王美』の千里眼ともいえる目で天狗族の縄張りだけではなく、山のあらゆる場所に生息していた天狗が唐突に魂を抜かれる瞬間を目撃していた耶王美は、やはりアレが彼の主で間違いないのだろうと確信を持つに至るのだった。
(だが、しかし『魔神』か……。あの天狗族の縄張りに現れた白いオーラを纏う神格持ちの存在は、やはり『魔神』だったのだろうな。このエヴィの口から魔神の名が気軽に出されているのがその証拠だ。まさか魔神を従える程の下界の存在がエヴィの主だとはな……。確かに魔神やそのソフィという者であれば、この『結界』を消したり、生み出したりする事は可能かもしれぬが、しかし決して魔神だけは信用してはならない。世界の安寧を願うといえば聞こえはいいが、奴らはそのための手段までは考えない。そのソフィという者に素直に従っているのも、もしかすると油断を誘い、消滅させる機会を窺っている可能性もある。奴らは世界の『調停』さえ行えればいいのだから……)
耶王美はかつて王琳の元へ忠告へ現れた時の『魔神』を思い出し、エヴィの『結界』に向けている視線に負けず劣らずの目を浮かべるのだった。
妖狐の耶王美の知る『魔神』と、エヴィやソフィ達の知る『魔神』は異なる存在かもしれないが、それでも『魔神』という天上界に君臨するその存在の本質は全く同じの筈だと、彼女は信じて疑っていない様子であった。
「別に人間の事はもうどうでもいいんだけどさ、耶王美。この『結界』は僕らには解除は出来そうにないよ。どうやらこの『結界』は視界にちゃんと映ってるし、出ようと思うと阻害もしてくるからここに有る現実の物なのだろうという認識を抱くだろうけど、これ、ここにあるものじゃなさそうだ」
「どういう事だ? 私はちゃんと幻術かどうかを確認したりして、その時にしっかりと現実に張られているもので間違いないと判断が出来たのだが」
実際に千里眼を通して『結界』の有無を確認し、歩いて距離まで確認した以上は間違いなくここに『結界』を張られていると断言が出来る耶王美はそう反論するのだった。
「確かに幻術とかではないのは確かなんだけど、何て言えばいいのかな……。分かりやすく『魔』以外で言い換える例えが見つからないや。えっと、陽炎とか蜃気楼っていう現象は分かる?」
「あ、ああ……。原理を説明しろと言われて直ぐには答えられないが、揺ら揺らと遠くの景色が映ったりするものだろう?」
「まぁ、そんな感じ。幻術とかで見えないものが見えるようになったというわけではないんだけど、存在はちゃんとしていて、実物は確かにあるんだけど、それに触れようとすれば触れられず、実際には陽炎や蜃気楼の光の屈折のように、この『結界』は『魔』の技法の要素によって、同じ状況が生み出されていてね? 幻術のようにマヤカシを作られているわけじゃなくて……。うーん、別の場所に存在していると言えばいいのかなぁ」
どうやらこの世界でのエヴィと面識のある『イダラマ』や『神斗』よりも、耶王美は『魔』の概念については詳しくないと理解した彼は、何とか言葉を選びながら伝えようと四苦八苦するのだった。
「つまりエヴィが言いたい事は、この目に見える『結界』はそこに在るように見えるけど、実際には別の場所に存在していて、そこでの解除が行えなければ消える事はないという事か?」
「あぁ、うーん……。それとも少し違っていてね。ここに存在はしているんだけど、触れようとするものと視界に映っているものとは違うというか……。この『結界』は本物でここにも実際には実在はしているんだけど、時間軸だけが異なっていて、目に見えているこれは過去とかにあったものをそのまま被せてここに置いてあるものっていう表現が近いのかな。いや、僕もこれが何時のものなのかとか、実際には現代のものを『魔』のフィルターにかけてボヤかしている可能性も捨てきれないんだけど、ひとまず言える事はここに僕らを閉じ込めているのは『結界』で間違いないんだけど、その『結界』自体に『時魔法』が用いられていて、すでにここに存在しているのか、していないのかも分からないんだ」
「すまぬ。エヴィが何を言っているか、全く分からない。ここに存在しているから、私たちは閉じ込められているのではないのだろうか……?」
エヴィの説明を受けた耶王美は、最初は何とか理解出来そうな気がしていたが、話を聞いている内にどんどんと頭がこんがらがってしまうのだった。
「さっきも言ったけど、それこそが時間軸のズレでね、効力という事象だけが取り残されていて、その大元である『結界』だけはすでに別の場所で発動を終えてしまっている可能性もあるんだ」
「いや、意味が分からんぞ? 『結界』の発動を終えてしまっているというのは、技法が効力を生じさせ始めた状態というわけではなく、その効力そのものが失われたという事を指しているのだろう? だったら、私達は『結界』が解除されているから外に出られるという事ではないのか?」
『魔』の理解者では断じてない耶王美は、何故『結界』がこうして目に映っていて、自分達も出られないという事実があるというのに、もう『結界』がなくなっている可能性があると口にしたのかが理解出来ない様子だった。
「ちょっと僕の手を見てて」
「ん?」
次の瞬間、エヴィの手元から『魔力波』が『結界』に向けて放たれた。
しかしエヴィの『魔力波』が『結界』に直撃すると、僅かな時間は拮抗するように残っていたが、その後に消えてしまった。
「いま、僕のしたことは分かるよね?」
「あ、ああ……。エヴィの『魔力波』は『結界』によって、消失させられてしまったように見えたが……」
「最終的には僕の『魔力』がこの『結界』を張った者の『魔力』に押し負けてしまったけど、少しの間は消失する時間を延ばせていたと思うんだ」
「そうだな……。確かに先程まで試していた時よりも長く『魔力波』が『結界』と渡り合っているようには私にも見えた」
「そうでしょ? それは僕が『魔力干渉』の『透過』を用いたからなんだけど、それはあくまでここに現存しているように見える『結界』に対しての干渉が事象として成立したからなんだ。でも実際の『結界』に対しては何の影響も与えられていない。あくまで僕の『魔力波』は、ここにかつてあった『結界』に対して干渉を起こしただけだ」
「ここ……に、かつて、あった『結界』?」
「多分、僕が眠っている間に耶王美はここで戦闘を行ったんでしょ? それでその時にこの場所付近で広域な『結界』が張られた筈だ」
「あ……!」
この山の崖から耶王美が飛び降りようとした時に、煌阿から『結界』を展開された事を彼女は思い出すのであった。
「実際に僕がその時の事を目撃したわけじゃないから、あくまでさっきの僕の『透過』の感触からの推測になるんだけど、きっとその時に張られた『結界』が、この僕達が出られない理由なんだけど、多分その『結界』はもう本当はなくなっている筈なんだよね。つまりここにある『結界』は事象だけが残されて現物がなくなっているか、若しくは別の場所に現物が用意されていて、陽炎や蜃気楼のように『魔』のフィルターによって、実際の距離が異なった場所から光の屈折や何らかの錯覚が呼び起こされて、ここにあるように見えているかだと思う」
「待て! どういう原理でそんな事が起こりうるのだ? 過去に張った『結界』の事象だけを残して実物がもうないとか、そんな事が出来るわけが……――!?」
「理解出来たようだね? でもこれはあくまで僕の推測に過ぎないんだけど、時間や距離を操る『空間魔法』。僕らが『時魔法』と呼ぶ『技法』を使って『結界』の発動時間を延ばしているのだと思うよ。だから既にその『結界』は現実時間では失っているんだけど、効力が発動している時間の事象だけが引き延ばされて、ずっとこの場に効力が発揮され続けているのだと思う。だから僕が『透過』で解除しようとしても、その実物がない以上は『空間魔法』に対して同じ『時空干渉』が行えないと『効力』が発揮されないんだ」
ようやくエヴィの言う推測がどういうモノかを理解した耶王美だったが、実際には少しだけ異なっている。
エヴィの理論にあてはめて単に『時間』を操って『結界』の効力を延ばしているというのであれば、同様に『結界』に閉じ込められている『空間魔法』の『理』を知っていて、実際に『空間魔法』を用いる事が可能なシギンであれば『透過』を用いて外に出られている筈なのである。
――しかし、今もこの『卜部官兵衛』の編み出した『空間魔法』の『結界』から、エヴィ達と同様にシギンも出る事が出来ていない。
つまり、この煌阿の発動した『結界』は、単なる『空間魔法』が用いられているだけではなく、他の要因と呼べる因子が絡んでいるという事なのであった。
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