1846.耶王美の涙
「アンタ、大丈夫かい?」
どう見てもまともとは言い難いエヴィの様子に耶王美は、心配するように声を掛けるのだった。
そしてその妖狐の耶王美の言葉にエヴィはピタリと笑いを止めたかと思うと、今度は無表情のままでその場で立ち上がり、自分と同じくらいの背の高さの耶王美に視線を合わせる。
「教えてくれてどうもありがとう。君の言葉通りならソフィ様はこの世界で形態変化を行ったという事だね。それ程までの相手がこの世界に居るという事を僕としては素直に喜べないけど、あの御方の気持ちを考えれば喜ばなくてはならないだろうな」
「喜ぶ……? それは何故?」
「君に話しても理解出来ないだろうから話さない」
「そんな事はないわよ? 私たち妖狐は他の種族と比べても長く生きていると自負している。魔族というのがどれくらい長く生き続けられるかは知らないけど、アンタよりは私の方が世の中の出来事を経験してきていると断言が出来る。理解出来ないかどうかは話してみないと分からないと思うわよ?」
「……」
「……」
エヴィは耶王美を品定めするかのように睨みつけていたが、やがてその視線をぶんぶんと煽るように振り始めた八本に分かれている尻尾に向け始めた。
「はぁ……。分かったよ。でも僕は別に無理して君に理解してもらおうと思っているわけじゃないから、端的にそれも一度だけしか言わない。君の理解力がいくら乏しくても二度とはソフィ様の事を話すつもりはないからね」
「アンタはいちいち神経を逆撫でするような言い方をするわね。いいからさっさと話しなさい」
妖狐の中でも特に聡明である八尾の耶王美は、人間に見える魔族という種族のエヴィに、さっさと話せとばかりに尻尾を振り始めるのだった。
そしてエヴィは彼から見た大魔王ソフィという『魔族』を耶王美に語り始めた。如何に大魔王ソフィが強く優れているのか、大陸中の魔族を束ねるに至った出来事を一つ一つ、彼が見てきた全てを事細やかかつ丁寧に話し始める。
……
……
……
「――これで分かったかい? 僕が見てきただけでも万に近い年月をソフィ様はそうやって過ごしてきた。どれだけ望んでいても、決してソフィ様に太刀打ちが出来る者は現れず、それでも、それでも……、僅かな希望を抱き魔族だけではなく、人間まで含めて自分を殺せる程の強さを持った存在をソフィ様は待ち続けているんだよ」
やがて話を終えたエヴィは、目の前の八尾の耶王美という妖狐が一体どういう反応を示すかを窺い見る。
長く生きているとはいっても、彼の崇拝するソフィの心境を理解出来る筈がないとエヴィは考えている。こうして話をしたのも単なる気まぐれで、別に深い意味などもなかった。
ただ、目の前の妖魔という『魔族』でも『人間』でもなく、魔族程とまではいかずとも少しは長く生きてきたであろう妖狐という妖魔に話す事で、一体どういう反応を示すかを見たかっただけに過ぎない。
「――ああ、アンタも私と同じ側なのかい」
「は?」
そんな反応を見せる事は予想外だったのか、エヴィは突然のその耶王美の言葉に、感心や失望などは抱かずに、よく分からないといった疑問符を表情に浮かべるのだった。
「アンタがそのソフィっていう魔族の事を私に話をしたところで理解出来ないと告げたけどね、残念だけど私は誰よりも理解が出来るよ。そしてソフィって魔族だけじゃなく、アンタ自身の事も……。私は誰よりも分かってあげられる――」
耶王美の言葉を聞いたエヴィは、直ぐに怒りを覚えた。
ソフィに信仰に近いモノを抱く彼が、耶王美に話をしたのは単なる気まぐれであり、理解してもらおうと喋ったわけではない。
この場での返事の正解として『聞いてもよく分からなかった』という一言で良かったのである。
その返事でエヴィも溜息を吐きはしただろうが、それで満足してこの話は終わりの筈だったのだ。
――しかし、妖魔という八尾の『耶王美』は、言うに事を欠いて信奉するソフィだけではなく、その信仰までをも抱く自分の気持ちにまで、私なら分かってあげられると口にしたのである。
大魔王エヴィは、やはりきまぐれであっても話をするんじゃなかったと後悔し、そして話す前には抱いていなかった負の感情を抱えながら苛立ち交じりに舌打ちをするのだった。
(何がアンタ自身の事も私は分かってあげられるだ! ソフィ様の事をよく知りもしないで、そんな言葉を……!)
エヴィが目の前の妖狐を消し炭にしてやろうかとばかりに『オーラ』を纏おうとした、次の瞬間であった。
「ぇっ――?」
――何とエヴィの視線の先に居る耶王美の両目から、とめどなく涙が流れ始めたのだ。
先程のエヴィの時のように耶王美は、大粒の涙を流しながら泣き始めてしまい、何を分かった風な口をとばかりに殺意すら抱いていた大魔王は、その耶王美の涙に呆気に取られて纏いかけた『オーラ』を消してしまうのだった。
……
……
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