1837.記憶にある妖魔召士と名前
問答を終えた後、ウガマ達は王琳から急いで逃れるように集落の門へと去って行った。
「彼らは山の頂のある方面から来たみたいでしたが、よくこの山で無事でしたね。それだけあの『結界』が十全に役割を果たしていたという事でしょうか」
「確かに今の『結界』規模のものを恒常的に張る事が出来る妖魔召士が傍に居れば、同行人が如何に弱くとも無事に神斗殿達の居る頂にもいけるだろう。だが奴らが山を登っている時にはあの『結界』は張られていなかったぞ」
「王琳様が彼らと会った時は、山の何処辺りだったのでしょう?」
「人間達が『禁止区域』と呼んでいる例の境目のところだな」
「つまり先程の『結界』なしで天狗や鬼人共の居る縄張りを無事に抜けてこられたという事でしょうか。それだけでも驚嘆に値すると思うのですが……」
その言葉に少しだけ眉を寄せた王琳だが、直ぐに何かにピンと来た様子だった。
「ああ……。お前は操られていたから存ぜぬのも無理はないか。今の連中の中にウガマと呼ばれていた体格のいい人間が居ただろう?」
「はい、その人間とは術者が意識を失っているのに『結界』だけは無事に残っているとか口にして誤魔化そうとしていた男の事ですよね」
その七耶咫の言い方に、まるで悪意のようなものが混ざっているなと感じた王琳は苦笑いを浮かべた。
「まぁ、そうだ……。その男が背負っていた妖魔召士だが、俺から見てもそれなりに出来る人間だった。山の頂で何があったかまでは存ぜぬが、あの男が居たから比較的安全に山を登ってこられた……というところだろうな」
「そういう事ですか。ではその妖魔召士は間違いなく、五立楡や六阿狐程度の実力はもっていそうですね」
「まぁ……な。しかし七耶咫よ、いつも言っているだろう? 六阿狐たちを下に見るような言い方をするな」
「し、失礼致しました……!」
王琳に窘められた七耶咫は、慌てて平伏すように頭を下げるのだった。
「全く、昔はお前達も仲が良かったというのに、最近はどうしたというのだ。それにお前に対して六阿狐達も……」
そこからはブツブツと独り言を口にする王琳だったが、その愚痴のようなものを隣で聞いていた七耶咫は、王琳に聴こえないように『その原因を作ったのは王琳様なんですけどね……』と静かに呟くのだった。
やがて王琳は独り言を終えて顔を上げると、ウガマ達が門番との話し合いを終えたところだった。どうやら彼らは集落の中へ入る事を許されたようであった。
(それにしても先程の『結界』に用いられた『魔力』の残滓は、俺の知る奴と非常に酷似しているモノだった。確かそいつが山に来た時も調査で訪れていたと言っていたか。そういえばそいつも少し前に戦ったコウエンとかいう『妖魔召士』と一緒にきていた奴だったな)
――確か、その時にソイツは『卜部官兵衛』と名乗っていたか。
……
……
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集落の長である玉稿に天狗族達の報告を済ませたソフィ達は、そろそろ集落を出て、山の『禁止区域』とされている場所へ向かおうかという話になっていた。
「それでは玉稿殿、もう天狗共の脅威はないだろうから、集落に張っている我の『結界』は一度全て解除するぞ」
「本当にソフィ殿には感謝を申し上げる。貴方がたが居なければ、今後この鬼人族の集落は、天狗族に好きなように扱われていただろう。集落に居る鬼人族を代表して礼を言わせて頂く」
そう言って再びソフィ達に頭を下げる玉稿だった。
「玉稿殿、頭を上げられよ。そもそも我達が集落にこなければ、お主らが天狗族達に目をつけられる事もなかった。元を正せば我達の所為でもあるのだ。その脅威も無事に取り除いた事でようやく我達は対等になったと考えてくれてよいのだ。感謝をされるどころか、我達はお主らから非難を受けても仕方のない立場だったのだからな」
そのソフィの言い分は、玉稿に頭を上げさせるための方便で間違いなかった。聡い玉稿は直ぐにその事に気づいたが、何も言わずに黙って頷き、心の中で改めて感謝の言葉をソフィに告げるのだった。
「族長! また集落に別の人間達が現れました! どうやらその者達はこの場に居る方々に渡すものと、大事な話があると口にしていますが、如何致しましょうか?」
突然の報告に眉を寄せた玉稿がソフィを一瞥すると、彼は直ぐに頷いて見せた。それが決め手となり、この場に通すようにと若い鬼人族に告げる玉稿であった。
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