1835.八尾の耶王美と妖魔神の姿をした煌阿
ウガマ達が鬼人の集落の森へと辿り着いた頃、山の頂では王琳の部下である妖狐の『耶王美』はエヴィを抱えたまま、主に現状の報告するかで悩んでいるのだった。
「王琳様の手を煩わせるのは忍びないけれど、流石にこれだけの出来事が続けて起きてしまえば、報告しないわけにもいかないわよね」
元々王琳からの命令で『煌阿』の監視を行っていた耶王美だが、煌阿が『結界』を破って出てきた事を素直に王琳に報告したところで後の事はお前に任せると告げられて終わりだっただろう。
しかしそこに悟獄丸を直接手に掛けた妖魔召士の人間が、その封印を破って出てきた煌阿と互角の戦いを繰り広げた事に加えて、この腕の中に居る『神斗』と戦っていた呪法を操る少年と、その妖魔召士の人間に繋がりがあったとみられる事など、王琳の耳に入れなければならない事があまりに多すぎる。
「あらあら、この子もうすぐ目を覚ましそうだわ。あれだけの規格外の『呪法』を展開して魔力枯渇を起こしておいて、この短期間でもう目を覚ますなんて、妖狐でもないのに大した回復力を持っているようね」
そう言って耶王美は感心した様子で笑みを浮かべた。
彼女は命令にあった煌阿の監視だけではなく、同時に山の頂で起きた神斗やエヴィの戦闘の一件や、シギンが七耶咫に乗り移っていた事に加えて、そのシギンが妖魔神の片割れである悟獄丸を手に掛けた事なども把握していた。
妖狐の『耶王美』は非常に有能な妖狐であり、千里眼と見紛うぐらいに遠くまでを見渡す事の出来る目を持っており、その視線からは神斗や悟獄丸でさえ逃れられず、あっさりと居場所を特定される程である(※但し神斗が『魔』の技法を行使して、本気で気配を消せば耶王美でも居場所を追えなくなる)。
イダラマやエヴィがこの山に登ってきたときにも、彼らに視線を送っていたのはこの『耶王美』であった。
彼女は索敵や敵となった者達の情報をいち早く入手する事に関しては、王琳の配下の中でも随一であり、側近として非常に信頼されている立場にあった。
「さて、方針も決まったし急ぎましょう……か」
主に報告するかどうかを僅かとはいえ逡巡していたせいで、背後に迫りくる存在には気づけなかった。
――否、普段通りであったとしても、今の神斗の姿を乗っ取り、シギンと『魔』で互角に渡り合う程の『魔力』で認識阻害の『結界』を施しながら近づいてきていた煌阿には、流石の耶王美も気づけなかっただろう。
「ちっ! 思ったよりも早かったわね」
青く光る火の粉のようなものをその場に放ちながらそう告げて、エヴィを抱き抱えたまま距離を取る耶王美だった。
背後から心臓を貫こうと手を伸ばし掛けていた神斗の身体の煌阿は、その耶王美の『燐火』に包まれてその場で炎上を果たした。
まさに一瞬で放たれた耶王美の青い火だが、耶王美の任意で火力そのものの調節も可能であり、八尾である彼女が本気で相手を燃やそうと考えて放てば、単なる狐火であっても殺傷能力は想像を絶する。
七尾の七耶咫の『燐火』とは比べ物にならない程の熱で焼かれた煌阿は、踏鞴を踏みながら慌てて手で火を払おうともがいていた。
「妖魔神の身体を乗っ取った煌阿殿が相手では、流石にこのままでは分が悪いわね。ここは引かせて頂くわね!」
耶王美はそう言い残すと、後ろを振り返らずに山の頂から崖へと飛び降りようとした。
――が、しかし。
「そんな連れない事を言うなよ。久しぶりに顔を見せたんだ、もう少し俺の相手をしてくれてもいいだろう?」
――魔神域『時』魔法、『間隙幽閉』。
山の崖から飛び降りた筈の耶王美だが、その崖下の景色がぐにゃりと歪みを引き起こしたかと思えば瞬く間に浮遊感がなくなり、空の上に居るというのに足場の上に立っている感覚が呼び起こされる。
やがてその感覚の情報が遅れて視野に伝わってきたようで、それまで居た山や崖下の景色が変貌を遂げて、無機質と呼べるような空虚な場所に耶王美は立たされたのだった。
(これは……? あの妖魔召士の人間が使っていたような『魔』の技法の効力なのかしら? まずいわね、この私の目で遠くを見渡しても出口が見えない。というより、そもそも存在していないのかしらね)
『魔』の概念というものが非常に奥深いという事は、耶王美もよく知っている。
妖狐という妖魔も『魔』の技法と呼べるあらゆる『力』を有してはいるが、それでも『空間』を自在に操ったり、その『空間』から抜け出せるような技法を持ち合わせてはいない。
主である王琳に『透過』を無理やりに覚えさせられはしたが、それでもシギンや煌阿のような『空間』に対する干渉を行える領域にまでは届いていない。
とどのつまり、耶王美は抜け出す事の出来ない空間に閉じ込められたというわけである。
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