1833.王琳が望むもの
ソフィ達が集落の中へ案内されて玉稿たちと話を行っている頃、三大妖魔の筆頭たる自分が鬼人族の集落へ入るのはあまりいい事ではないだろうと告げた王琳は、自分の側近である七耶咫と共に集落から少し離れた場所でソフィ達が戻って来るのを待っていた。
「お、王琳様。一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」
先程から隣に立つ王琳に視線を送り続けていた七耶咫は、おずおずといった様子で自分の主に声を掛けるのだった。
「何だ?」
山の頂の方に視線を向けていた王琳は、その七耶咫の声に視線を向け直した。
「王琳様はどうして人間達と戦おうと思われたのでしょう?」
「その質問はどういう意図だ? 俺が昔から概念の理解者との戦いを望んでいる事は、側近であるお前が一番分かっている筈だろう?」
その言葉通り王琳は、神斗の『透過』技法や、妖魔召士達の『魔』の概念である『捉術』に興味を示して、これまで幾度となく戦いを繰り返してきた。
もう九尾の王琳には一対一でまともにやり合える相手は居らず、少しでも『魔』の概念に理解を示すそれなりの強者であれば、自分が勝つことが分かっていても手を合わせようと、自ら率先して戦いを挑みに行く程であった。
王琳が転生を果たす前の事は七耶咫の尊敬する『耶王美』という八尾にしか分からないが、それでも自分が王琳に拾われてからは常に彼に付き従って行動していた為、その戦う相手の選ぶ基準が少しずつ変わってきている事も承知している。
七耶咫がまだ拾われて直ぐの頃は、純粋に戦力値が高い妖魔達を相手にしていた。
しかしいつしか王琳は『魔』を用いて戦う妖魔や、そんな妖魔達にさえ力では遠く及ばない人間達を相手にするようになった。
そして今日ではもう同じ妖魔ではなく、人間達を好んで相手をするようになっている。
過去にその事について七耶咫が尋ねた時、王琳から返ってきた言葉は『人間が一番伸び代がある』との事だった。
確かに妖魔召士達と名乗る人間達は『魔』の概念を頻繁に使って戦闘を行っている。そこだけみれば七耶咫にも妖魔より人間達の方が長けていると感じられてはいる。
だが、それでも七耶咫の中ではまだ、人間は長寿の妖魔達と比べると劣っている種族という印象を拭えないままであった。
――その理由としては、やはり種族としての寿命の短さ故だろう。
いくら秀でた強さを持つ人間が出てきたとしても百に満たぬ間に寿命を迎えてしまうのである。
頻繁に強い人間が生まれてくるのであれば、七耶咫も王琳の言葉に素直に頷けたのだろうが、精々が数十年に一人や二人の割合なのである。
流石に信頼や尊敬をする主であっても、人間達を他の妖魔より優先したり、強くなるまで待つというその考え方までは、到底理解が及ばないようであった。
(たとえ王琳様のお眼鏡にかなう人間が現れたとしても、結局は直ぐに居なくなってしまう。それならば数百年後や数千年後を見据えて、元々から『魔』の概念に一定の理解を示す『鵺』や『天狗』達と交流を図って、強くなるのを待った方が建設的ではないだろうか)
そんな事を考えていた七耶咫に、王琳が話し掛けてくる。
「お前の考えている事も十分に理解が出来る。だからこそ俺は今回、あのソフィと名乗っていた黒羽と戦いたいと思ったのだ」
「はい。人間共の方はよく分かりませんでしたが、あの黒羽ならば王琳様が選ぶに相応しい相手だと私も思います」
「ふっ、そうだな……」
もうそれ以上はこの話題を続けるつもりはなくなったのか、王琳は腕を組んだまま、視線を七耶咫から集落の中へと視線を向け直すのだった。
(こいつは卜部官兵衛や、神斗様の言っていたシギンという人間の事をよく知らぬから仕方ないだろうな。本当に恐ろしいのは『鵺』でも『天狗』でもなく、本当の意味で『魔』を使いこなす『人間』なのだという事に。確かに人間共は寿命が短いが、その短い寿命で我々長寿の妖魔達と肩を並べる程に強い個体が居るという事にしっかりと目を向けて考えれば、俺が執着する理由も直ぐに伝わると思うのだがな)
天狗に鵺に妖狐にその他大勢の妖魔達。そのどの種族からであっても、僅か生を受けてから百年足らずで王琳に並ぶ程の者は見たことがない。
もちろん彼のように転生を繰り返している者であれば話は別だが、先祖から受け継がれてきた血以外に何も持たずに新たに生を受けた者が、たった数十年の間に信じられない程の強さを持つ事がある。
王琳は強い相手を求め始めて気が遠くなる程の年数を過ごしてきたが、そんな長い年月の中で実感を抱けたのは世界に存在しない『理』を生み出して見せた『人間』だけなのであった。
――しかし。
(まぁ、あの黒羽の実力次第でまた俺の考えが変わる事になるかもしれないが、な……)
この世界には存在しない『魔族』という新たな種族の出現と、その『魔族』が『天狗族』をたった一人で絶滅させる瞬間を見届けた『妖狐』は、ソフィという一体の魔族に強く惹きつけられ始めているのだった。
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