1831.大妖狐、耶王美
「ひとまず卜部の子孫の方はこれでいいだろう。後はそうだな、奴が最後に言っていた方も片付けねばならぬだろうが、まずは折角の神斗の身体を奪った事だし、この山の妖魔共を改めて俺の支配下にしてやることから始めるとしようか」
煌阿はそう口にすると、卜部の『空間魔法』を用いて山の頂へと向かった。どうやら神斗達と行動を共にしていた場所を本拠地にしようと考えたようであった。
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煌阿がまだ神斗の身体を乗っ取る前、シギンの手によって『次元の狭間』を経由して妖魔山内を転移させられたエヴィは、意識を失ったままで山の頂付近の大木にある『結界』付近に横たわっていた。
シギンも自身の危機が迫っていたが故に、頭に浮かんだ選択肢の中で一番安全だと考えられたのが、この神斗と会話を交わした山の頂の結界の内側だったようである。
もう少し余裕があれば、ウガマ達の魔力を感知して送り届ける事も出来たのだろうが、あの一瞬での判断では、この印象に強く残っていた山の頂が、あの瞬間のシギンにとっての最善だったようだ。
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そしてそんな山の頂で横たわるエヴィに近づく存在が居た――。
「どうやら王琳様の仰っていたように、近々煌阿殿が外に出てくるとは思っていたけど、まさか我々妖狐以外にあの煌阿殿と僅かな間だとしても互角に戦えていた事には驚きね。さて、それであの妖魔召士がこの頂付近に送り込んだとみられる存在は、いったい何処に居るのかしらね」
その存在は、王琳や七耶咫達と同じ尻尾を八つほど生やした『大妖狐』であった。
その八尾の名は『耶王美』といい、王琳の側近を務めている妖狐であった。
この妖魔山では神斗や悟獄丸、それに煌阿や王琳に次ぐ程の古参の妖魔であり、その王琳が転生を繰り返す前から彼に仕えており、再び転生を果たした後も変わらずに王琳だけに仕え続けている。
同じ側近である『七耶咫』とは違い、常に王琳の傍で付き従っているというわけではなく、普段は王琳と行動を共にはしていない。
王琳から何十年、何百年間ごとに与えられる命令を拝命した後は、それなりに好き勝手に動いて山の動向を窺っているのが常であった。
そして今回彼女に与えられていた命令とは、かつて神斗や悟獄丸と行動を共にしていた『煌阿』を陰ながら監視を行い、何かあれば直接手を下すのではなく、現状の様子とその後の行く末を耶王美自身が見定めた後に報告に来いというものであった。
「直ぐに報告しろという命令であれば、幾分は楽だったのでしょうけど、本当に王琳様の自分の興味がない事に対しての扱いには困ったものですわ」
耶王美もその王琳の命令の真意に気づいている。
あくまで王琳の命令は、山の危機になるであろう煌阿が外に出れば報告しろという事なのだが、それは所詮様式的に過ぎず、余程のことがない限りはお前自身の手で処理しろと、王琳は耶王美に事を押しつけているのであった。
しかしそれは裏を返せば、王琳が耶王美に対して絶大なる信頼を寄せているという事に他ならない。
それもその筈、耶王美という八尾は、七尾の七耶咫以下全ての妖狐よりも一つ桁が違う程の強さを持っているからであった。
『魔』の概念に関しての知識は然程でもなく、シギンや煌阿どころか神斗にも遠く及ばない。
――あくまで妖狐として生を受けた彼女は、その種族の持つ力を十全に活かしているというだけのものである。
ただ、妖狐という種族として完璧に近い強さを持っている事は間違いなく、単純な殺し合いの中では『王琳』に両腕を使わせた上で、ある程度の時間までならば、ほぼ互角に渡り合えるだけの力量を持っている程であった。
「あの妖魔召士が最後の力を振り絞って転移させた存在は、どうやらこの青髪の少年で間違いなさそうね。どうしようかしらね、この子を王琳様の元へ届けるついでに煌阿殿と人間達の事を報告して、もう命令を完遂させようかしら……」
この目の前で倒れているエヴィの事や、少し前に煌阿とシギンがあれほどの『魔』の応酬を行いながら戦闘をしていた事など、まるで他人事として少しも重大な出来事だと考えている様子もない耶王美は、厄介事に自ら首を突っ込む前に王琳からの命令を果たしたという事にして、再び姿を消そうかと考えている様子であった。
「後の命令は何だったかしら。えっと、煌阿殿が外に出た後の今後の行く末がどうなるかを考えて報告しに来いという事だったかしら……。もう、知った事ではないわよ。何でしょうね? うーん……。神斗様の身体を奪った後に神斗様に成りすまして山の妖魔達を従えて、自分が新たな『妖魔神』として山に君臨しようとする。とかかしらね? 山を支配しようがこの世界を牛耳ろうが、私と王琳様さえ無事ならハッキリいってどうでもいいんですけど」
横たわるエヴィを両手で優しく抱え上げると、うーんと唸りながらそんな事を口にする耶王美であった。
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