1796.妖魔召士シギンの本当の仲間
※誤字報告ありがとうございます。
妖魔召士シギンは、この『ノックス』の世界では比肩する者が居ない程の『魔』の概念の理解者である。
僅か十歳にして大賢者『エルシス』と同様に『理』を生み出して、彼が抱いた『魔』への疑問を解消する内に『時間』と『空間』を操る『空間魔法』なるものを会得し、膨大な彼の『魔力値』のその全てを完全に彼は把握し、僅か『1』単位からでもコントロールが行える程の卓越した技術を有する程となった。
当然、同じ世界に居る彼と同じ『魔』の理解者である『妖魔召士』達からみても、シギンという存在は異質にして遥か高みに居ると誰もが信じて疑わない程だった。
そんなシギンの事を羨望の目で見つめる彼らは、シギンが何もかもを理解していて、悩みなど何もないのだろうと考えていただろう。
しかし実際はその逆であり、妖魔召士シギンは『妖魔召士』の中で誰よりも悩みを抱えているといっても過言ではなかった。
それは当然に『魔』に関してではあるのだが、疑問を抱き解決を行い、更に解決した事でその先の疑問にぶつかる。それを延々と凡そ二十年以上に渡って、彼は毎日繰り返しているのである。
最初の内の悩みなどは、今の『魔』の高みに居るシギンからみれば些細な悩みに過ぎなかった。
しかしもう今のシギンの抱く『魔』の疑問を解消するには、組織の長という重責のある立場を担いながら、片手間に考えられる程に甘い物ではなくなっている。
ハッキリと言って今のシギンは、生きる事に対する迷いが生じている状態でもあった。
――この『魔』の概念とは、正直にいって答えが用意されていない底なし沼なのである。
確かに考える事をやめようと思えば、いつでもやめられるだろう。
しかし一度この『魔』の概念というものに囚われてしまった者は、そんな簡単な事が容易に出来なくなるのである。
『魔』の概念に疑問を持ち、一度でもその疑問を解消された時のあの何とも言えない充実感は、やりがいがあるなどという話ではない。
彼が幼少期に両親に対して抱いた『欲』の成れの果ての姿――。
それを反面教師にして『欲』に溺れることをないように自制を心掛けたシギンではあったが、この『魔』の概念の本当の魅力を知ってしまった今では、心構えなどいくら準備していても意味がないとシギンでさえ思わされるものなのである。
そして真に恐ろしいところは、それだけ魅了された『魔』には、尽くしても尽くしてもその果てが見えてこない。
これがまだ、自分と対等の立場や近しい領域にまで達している者がいたのであれば、思想の比較や解決への糸口のキッカケを探し合い、そこに楽しみを見出してまた違った心持ちを覚えて、この『魔』への魅了が少しは和らいでくれていたかもしれない。
――だが、もう駄目なのだ。
今のシギン程までに『魔』の叡智に達してしまったのであれば、もう思想の比較など出来ない。
例えばある程度『魔』の心得がある『妖魔召士』と、シギンが『魔』の話をしたとしよう。
確かにシギンと話をする相手は、シギンに対して『魔』の疑問を呈する事が出来るだろう。
何故こうなるのだろうか、こういった事は出来ないだろうか、こうすればどうなるのだろうか。
色々な疑問がその者には出て来る事だろう。
しかしシギンにはそれら一切の全ての疑問に対して、一瞬で解答を用意できてしまう。
そこに間違いは有り得ない。確実なのである。
更に例えるならば、百人のある程度の『魔』の理解者が居たとして、その百人ともが全く別の『魔』の疑問をシギンにぶつけたとして、その百人の持ち寄る疑問その全てに対してシギンはあっさりと解決出来てしまうのである。
もうその領域に二十代に入る前、いや、妖魔召士の長となる頃にはシギンは到達していた。
その長となってから凡そ十五年は経っている――。
その間にもシギンは更なる『魔』の概念領域を研鑽し、悩み、疑問を解決してきた。
少しばかり難解であった『金色』と『青』の『二色の併用』でさえ、僅か一年で完全にそうなる事象を突きとめてしまい、あの大賢者『エルシス』が併用を成功させる時間が短時間であった理由、そのオーラの併用に示される数値の僅かな変更を維持し続ける事での解決など、更にこの世界で大魔王ヌーが至った『紅』を1.7にする事によるオーラの併用から速度が変わる結果が齎されるという事まで、シギンはもう完全に理解を終えている。
どうしてそうなるのか、何故その結果が起こりうるのか、何故それ以外に代替案が出ないのか。
――毎日、毎日、毎日、シギンの頭の中は『魔』の概念で埋め尽くされていく。
一つ解決すると、その解決した先に疑問が用意されており、解決を行えば枝分かれする疑問が生まれて、その枝分かれを果たした疑問を解消する前に、その一つ前の枝分かれしている疑問から、そちらにも影響を及ぼすような疑問が生まれていき、それを休む事なく解消を余儀なくされるのである。
しかし普通なら無理だと早々に諦めるところだろうが、このシギンは解決してやり遂げてしまうのである。
やり遂げてしまうからこそ、その充実感に包まれて止める事をやめられない。
だが『魔』の疑問を解決した分だけ、彼は孤独になっていく。
そんな彼の立場が、多くの他者を背負う『妖魔召士』の長なのである。
孤独だと思っていても、彼の元には仲間が集まってくる。
――しかしそれは本当の仲間ではない。
もちろん敵ではないし、同じ妖魔から何とか町に生きる者達を助けようとする仲間という意味では、間違いなく仲間である。
――しかし、それでも本当の仲間ではない。
この長きに渡って悩ませている『魔』の概念から助けてくれる、真の意味での仲間ではないのだ。
もうシギン程の者でさえ、考える事に精神が摩耗してしまっていた。
…………
前回、サイヨウから自分を組織の長の座から引きずり下ろそうと企む者の存在の話を聞いた。
サイヨウはその話を自分に切り出した時、それまでとは明らかに違う視線を向けてきた。どうやら断腸の思いで伝えてきたのだろうという事は、十数年という長い付き合いである自分には分かった。
だが、今更その程度の内容の話など、今の自分には悩みにすらなり得ない。
確かに『妖魔山』に居る高ランクの妖魔達を従えて、一斉に俺に向けて放てばそれなりに脅威はあるのかもしれない。
――しかし、それでも万が一にも俺がやられるとは思えない。
サイヨウが想像しやすいようにと、分かりやすく名を出してくれたおかげで分かったが、どうやら禁術を用いて災害級といえる妖魔達を仕向けて暗殺を試みようとしているらしい。
確かに俺でも名を聞いた事がある『王琳』くらいが相手であれば、少しは楽しめるかもしれない。
しかしあまり自分の組織に属する者を貶めたくはないが、その『王琳』を従えられる者が、この組織に居るとは思えない。
まぁ、まずないであろうが『ノマザル』『サイヨウ』『イッテツ』『コウエン』のような組織の『役』についているような『最上位妖魔召士』であっても、いくら禁術を用いようと効果が発揮される前に『王琳』には何もする前にやられてしまうだろう。
サイヨウが『王琳』の名を知っている事には少し驚かされたが、奴も俺の次ほどには、概念への『理解』が深いだろうから、ある程度は納得が出来た。
「実際に俺も王琳の顔を見たわけではないからな。一度その面を拝んでおくのもいいだろうな」
『妖魔山』へ向かう前日の夜――。
自分以外には誰も居ない部屋の中でそう独り言ちると、徳利の酒を呑み干しながらシギンは窓の外を見上げるのだった。
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