1690.残酷な月日の流れ
※加筆修正を行いました。
『妖魔山』の麓に居るソフィ達だが、この場所にはかつては『妖魔召士』組織の者達が多く駐屯し、中に入ったところで更に『特別退魔士』とその護衛達が交代で見張りを行い、この場所で警備を行う者と連携を取りながら麓から近くにあるコウヒョウの町の名主達や『退魔組』、そして現在の『妖魔召士』組織の本部と呼べるゲンロクの里に居る『ゲンロク』や『ヒュウガ』に情報が共有されて、何かあれば直ぐに里から『妖魔召士』が派遣されてくるという一つの組織による人海的な機構が構築されていた。
しかしこの『妖魔山』の管理権が、妖魔召士組織から妖魔退魔師組織へと完全に移行を果たした事で、現在はその取り決めなどの一切がなくなり、この山を見張る者は居らず、麓から少し離れた場所にある『コウヒョウ』の町が、妖魔から身を守る人類の防波堤となっている。
だが、組織がゲンロクの時代となって『退魔組』が創設されて以降、元々この麓に『妖魔』が人間を襲いに来ることはほとんどなく、そこまで脅威が差し迫った状態になったともいえず、当初こそは戦々恐々とコウヒョウの住民達も怯えていたが、今ではもう何も起きないのが日常となり、かつてのように『コウヒョウ』の町には商人達が全国から集まる商いの町が再構築されて復活を果たしている。
ゲンロクにしてみればこの『妖魔山』の調査を行う事で、その平穏と呼べる静寂が失われやしないかと、最初は考えていたが、こうしてシゲンやミスズ、それにソフィ達と本格的に調査の話を重ねていき、実際に今日という日を迎えてみると、如何に自分が日和った考えを持っていたのかと、あの時の会合でシゲンが口にしていた本当の安寧というモノから目を背けていたのだと自覚するに至っていた。
――今の平穏がいつまでも続くという保証はない。
あくまで波風を立てず、日々の平穏を願い何もない事をびくびくしながら祈り続ける事が、真の平和だとは言えないのだとようやく『改革派』の中でも随分と慎重だったゲンロクは、再びこの場所に立った事で思い直す事が出来たのであった。
(あの時、ワシが『妖狐』に怯えてしまったせいで、シギン様やコウエン様達は『禁止区域』の調査を止めてしまった。今ようやくワシはあの『妖狐』を見る以前の平和を願う気持ちを再び抱く事が出来たが、長い時をかけてしまった。一時の平穏な日常などは所詮マヤカシに過ぎず、この『妖魔山』に居る『妖魔』達の心一つで如何様にもそのマヤカシの安寧など崩れてしまうというのに……)
ゲンロクは心の中でこれまでの自分の行ってきた自分の取り組みを思い返し、少しの後悔と新たな気持ちを抱くのだった。
今の新たに抱き始めたゲンロクの気持ちをあの日、あの時に持っていれば、シギンやコウエンの『禁止区域』の調査は更に進んでいたのだろうかと、今更ながらにゲンロクは想い馳せながらその足を件の『妖魔山』へと向けて進み始めるのだった――。
……
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「必要な時に必要な技を出す機転、それに『魔力』の使い方も申し分はなかったが、お前は全体的に速度が足りていない。いや、元々は足り得ていたモノが衰えによって足りなくなった……が、正しいか。ま、どちらにせよお前はその程度だ。理解したか?」
九尾の妖狐『王琳』は、長く艶のある九本の尾を器用に動かしながら腕を組み、目の前で血だらけになりながら満身創痍の状態でこちらを睨みつける『コウエン』にそう告げるのだった。
「不甲斐ない……。せっかく念願が叶ったというのに、思いを馳せた相手にこの始末。年は取りたくないものだな」
コウエンはようやく再会を果たせた『妖狐』と、あの日、あの時に描いた戦闘の実現を叶えた筈だった。しかし月日というモノはとてつもなく残酷なものであり、頭で考えた動きも身体がついていかず、やりたい事の半分も出来ていないという状況であった。
「こればかりは仕方あるまい? 俺もあの頃のお前と戦えていたらと残念に思うぞ、人間」
コウエンが悔しそうに自分の身体の衰えに苦言を呟いていた時、唐突に目の前の妖狐がそんな事を口にした為に、慌てて顔を上げて妖狐の顔を見るのだった。
「わ、ワシの事を覚えておるのか? たった一度、それも直ぐに引き返したワシらの事を覚えておるとは……」
信じられないとばかりにコウエンは、せり上がってくる感情を何とか抑え込みながら、必死に妖狐に問うのだった。
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