1660.全てを失ういう恐れと、伴う焦燥感
「さて、これ以上は何もないようだし、そろそろ帰ってもらえる?」
「クククッ! 人間よ、そう気を落とすな。俺は傍から見ていて十分に楽しめたぞ? この『妖魔神』と呼ばれる俺達を相手に、これだけの余興を用意して楽しませる事が出来たのだ。誇りながら去るがいい」
『妖魔神』の『神斗』と『悟獄丸』の両名は、すでにイダラマという人間に興味を失くしたようで、そう告げるのだった。
「くっ……!!」
ここまで絶大なる自信を抱いてやってきたイダラマは、その自信の源であった『術』が失敗に終わり、目的が達成されないと自覚した事で呆然自失となっていた。
このまま何も出来ぬまま山を下りたのでは、何のためにここまで来たのか分からないと考えた焦燥感からか、自分の本来の『魔力』を纏いながら『神斗』達の居る方を向いて戦闘態勢を取ってしまうのだった。
「生かして帰してあげると言っているのに、どうしてそんなに死に急ごうとするのかな?」
「他に何かまだ用意してんのかと思ったが、結局はやぶれかぶれに勝負を挑もうとするだけか。つまらねぇ、おい七耶咫、さっさとコイツを連れて帰りやがれ!」
どうやら神斗の方はもうイダラマに興味を失くしたようであるが、もう一体の『妖魔神』である悟獄丸は、口では辛辣な言葉を投げかけたが、イダラマに対する期待感をまだ少し持っているようで、この場で始末を考えずに帰らせようとするのだった。
「分かりました。もういいだろう、人間? 王琳様の元へ連れて帰ってやるからついて来い」
七尾の妖狐は悟獄丸の命令を受けて、そう言葉を投げかけながらイダラマの元に近づいていく。
しかし妖狐はイダラマの殺意を感じ取ると、向かう足を止めた。
「!?」
次の瞬間、イダラマは七尾の妖狐に向けて『魔力波』を放ち、強引に自分から遠ざけるのだった。
「貴様……!」
攻撃をされた事に苛立った七尾の妖狐は、鋭利な牙を見せながら舌打ちをする。
「このまま何の成果もなしに山を下りる事など出来ぬ! どうせこのまま戻ったところで私には何も残らぬ。せっかく『妖魔神』という脅威の源が目の前に居るのならば、ここで刺し違えてでも……――」
「この場に自信満々で現れたから少しは期待したけど、結局最後はつまらない幕切れとなってしまったね? 『魔』に対する思想の方向性に少しは才能を感じられたけど、全然成し遂げる実力が伴っていない。君達人間は寿命が短いんだからここまでの事をしようと試みるつもりならば、その一回で決めきるだけの準備を整えておかなきゃだめだよ?」
その『神斗』の話す内容に『寿命』という言葉を使われた事で、これまで以上に明確な『殺意』を抱いたイダラマだった。
――そして後先を考えずに『神斗』をこの場で仕留めようと、ありったけの『魔力』を次の一手である『捉術』に注ぎこめ始めるのだった。
そんなイダラマの殺意を真っ向から受け止めた『神斗』だが、全く怯む様子も見せずにちらりと『悟獄丸』を一瞥する。そして『悟獄丸』はそんな『神斗』の視線に対して少しだけ間を置いた後、やがては頷きで返すのだった。
この『妖魔神』の声なき意思の疎通を言葉にしてさらに細かく表すのであれば、 『君の期待に背く事になるけど、処理しちゃってもいいかい』という『神斗』の言葉に、渋々と悟獄丸が同意を示したといったところだろう。
イダラマの覆う『魔力』は、先程の一時的に『神斗』の『魔力』を用いた時とは、比較にもならない膨大な『魔力』量であった。
――僧全捉術、『魔波空転』。
どうやら本当にこの一撃で決めようと覚悟を宿しているのだろう。その迸る程の『魔力』が込められた『魔波空転』は真っすぐに『神斗』に向かっていき、そのまま『神斗』を呑み込もうとする。
その迫りくるイダラマの『捉術』を見据えた『神斗』は、ゆっくりと左手を前に向けて広げた。
「さよなら」
『神斗』が一言そう告げると同時、彼の周囲を覆っていた『青』と『金色』の二色の光が更に強まり、眩く辺りを照らす。
――そして『神斗』の手から、高密度の『魔力波』が放たれていき、やがてそれはイダラマの『魔波空転』ごと呑み込んで一気に押し返しながら、イダラマに向かっていくのだった。
「「い、イダラマ様!!」」
エヴィを抱えたままのアコウと、ウガマ。それに他の退魔士達がイダラマに視線を注ぎながら声を上げた。
一瞬でイダラマの居た場所を『神斗』の高密度の『魔力』が伴った魔力波が到達すると、イダラマをも呑み込んで勢いそのままに通り過ぎていくのだった。
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