1641.最強の存在に、かつてない程の期待感を抱かせる者
妖魔山に向かう日を迎えたが、まだ深夜と呼べる時間にソフィはふと目を覚ました。
(こんな時間に目を覚ます事は久しい。やはりエヴィの居る元へ向かえるという事に存外、我も気が逸っているのかもしれぬな)
ちらりと隣を見るとまだセルバスは、いびきをかいて寝ていた。
「クックック、気分良く寝ているようで何よりだ……ん?」
そして今度は向かいの布団に視線を向けるがそこにヌーの姿がなく、襖とその先の戸が少し開いているのを見て、ヌーがどうやら外に出ているのだろうと思い至り、彼もゆっくりと立ち上がって廊下に出るのだった。
二階の宛がわれている部屋を出て長い廊下の先、窓から外を見下ろしているヌーの後ろ姿が見えた。ソフィは何も言わずに廊下を歩いていき、やがて彼の存在に気づいたヌーがゆっくりと振り返るのだった。
「えらく早起きではないか。何か考え事でもしていたのか?」
ソフィがそう言ってヌーに声を掛けると、彼はじっとソフィを見つめたまま喋らず、その顔は真剣そのものといった様子であり、間違っても冗談をいえるような空気ではなかった。
やがてヌーはソフィの顔から視線を逸らすと、そのまま壁にもたれかかりながら、視線を再び窓の外に向けるのだった。
「別に大層な事を考えていたわけじゃねぇんだがな、この世界に来てから色々あったと思い返していたところだ」
ソフィの言葉に素直に返事をするヌーであった。
元々この世界に来る前までは敵同士であった為、当然にこんな風にヌーと話をする事もなかったソフィだが、この世界で長く行動を共にしていたという事もあってか、今ではヌーとは仲間とまではいかないが、それでもこのように、普通に会話を行える『知人』と呼べる程までに親しくなったなと感じられるソフィであった。
「ふむ……。お主とフルーフの間で交わした約束事のようなモノが関係しているのだろうが、それでもここまで長くお主に付き合ってもらった事は、本当に申し訳なく思っておる」
その言葉に再び視線をソフィに戻すと、ヌーは口角を上げて笑みを浮かべた。
「本当に感謝しやがれや。てめぇが『概念跳躍』の『魔法』を扱えれば、俺はもっと早く解放されてんだからよ」
「それを言われると耳が痛いところだ」
「まぁ、よ。てめぇが『概念跳躍』を使えなかったおかげで、俺がここまで強くなれた事は否定しねぇ。この世界でてめぇと行動を共にしなければ、今でも間違いなく俺は井の中の蛙だっただろうからな。その事には俺もてめぇに感謝している。だから、てめぇがちゃんとエヴィの野郎を見つけるまでは最後まで付き合ってやるし、てめぇらを間違いなく『アレルバレル』の世界まで送り届けてやるから安心しやがれ」
月明りに照らされたヌーの横顔を見ながらソフィは唖然とした。まさかあのヌーが自分に対して、感謝していると明確な言葉を口にするとは思わなかった為である。
そっぽを向いたままヌーは更に言葉を続ける。
「だが、勘違いはするなよ? いくらてめぇのおかげで強くなれたからといって多少の感謝をすれども、お前を殺す事を諦めたわけじゃない。いずれてめぇには俺を強くさせてしまった事を後悔させてやるつもりなのは変わらねぇからよ」
そう言って『最恐の大魔王』は、邪悪な笑みを『最強の大魔王』に見せつける。
――しかし、今度はそう言い放ったヌーが、ソフィを見て唖然とする羽目になるのであった――。
「その時を心待ちにしている……」
少ない言葉に込められたソフィの思い――。
それは無意識に覆われたモノであり、ソフィも意図的に出したというわけでもないのだが、その思いの強さを表すように彼の周囲に見た事のない『青』のオーラが纏われていた。
その『青』のオーラはこれまでとは違う『青』にして『緑がかった暗い青色』――。
奇しくも少し前にソフィと同じこの色のオーラに目覚めた男もまた、妖魔山の『禁止区域』を思い、自分の強さを試せる場所に期待感を持った事で体現した者であった。
同様に体現を果たしたソフィもまた、抱くヌーに対する期待感が、かつてない程までに高まった結果がこのオーラを彼に体現させたところを見ると、当然にそこに至るまでのあらゆる要素を含んだ研鑽が必須条件ではあるのだろうが、この『鉄紺』という色の体現を果たす為には、ここまでの強さに至ったその存在が、更に何かに対して『期待感』という因子を新たに抱かなくてはならないという事なのだろう。
大魔王ヌーは目の前の存在と戦闘を行おうとしているわけでもないというのに、今この場において命のやり取りが行われるとするならば、あっさりと何も出来ずにやられると確信をしてしまい、何故そう思ったのか分からない恐怖心だけが如実に彼の胸に残ってしまい、苛立ちに近い焦燥感に苛まされるのだった。
――だが、勝てないと思わされて、焦燥感に呑まれて苛立ちを見せているヌーは気付いていないだろう。
そのソフィに対する恐怖心を抱く目の前の男こそが、今この瞬間に於いて過去を含めた誰よりも最強の男に『期待』を抱かせているという真実に――。
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