1615.妖魔山の全天狗を束ねる者
「どうするのだ、イダラマよ。小僧はこう言っておるっ……が!?」
「やはり、迷っている暇などなかったか……」
コウエンがイダラマに尋ねようとした瞬間、この『妖魔山』の中腹付近に大勢の『天狗』達が出現を始めるのだった。
すでにイダラマ達は空を含めて『天狗』達に囲まれており、逃げようとしても何処にも逃げ場は見当たらなかった。
だが、コウエンとイダラマがもう今更逃げられないだろうと考えた原因だが、それは大勢の『天狗』達に取り囲まれたからという理由ではなかったのである。
――イダラマ達が見上げる空の上、そこには艶やかな赤い袴を履き、五つ衣に小袿を重ねた姿の長い黒髪が印象的な『女天狗』が浮かんでいた。
他の『天狗』達よりも一際大きな『魔力』を一切隠そうともせず、自身の周囲を纏わせているその女天狗は無表情で『イダラマ』達を見下ろしていた。
「何だ? あのおん……――!?」
エヴィがイダラマ達の視線を追って空を見上げた時、そこに居た女天狗の姿が目に入った事で、あれは一体何者だと口にしようとした。
――その瞬間の出来事だった。
これまでであっても恐ろしく高い『魔力』を有していた『帝楽智』だが、彼女はエヴィが発言をしようとした瞬間に『青』を纏わらせた。
ただ、それだけで『エヴィ』は口を噤むに至り、コウエンの『同志』の『妖魔召士』達も愕然とした表情を浮かべるのだった。
純粋な魔力量では『エヴィ』は当然の事、前時代で『最上位妖魔召士』と呼ばれていた『コウエン』や、エヴィの認めている『イダラマ』よりも上であることは間違いないだろう。
『漏出』などで正確な数値を測れたというわけではないが、長年戦いに身を置いてきた『エヴィ』は、直ぐにその事を理解するのだった。
(『ディアトロス』のじっちゃんや『ブラスト』先輩よりも高く、そして禍々しい『魔力』だ。コイツはさっきの『天狗』の妖魔ともまた比較にもならない強さだろうな……)
「――お主が妾の右腕である『座汀虚』や同胞達を殺めた者だな?」
エヴィが胸中で驚いていると、そんな彼を睨みつけるように視線を送っていた女天狗が口を開いた。
「いきなり話も聞かずに襲ってきたからだよ。それで君があの野蛮な種族の代表ってところなのかな? これだけの数を集めた上でそんな殺気を僕に向けて、一体これからどうしようっていうんだい?」
「もう一度聞くが、お主が妾の右腕である『座汀虚』や同胞達を殺めた者なのだな?」
「まぁ、攻撃されると分かっていて、何もしないわけにもいかないからね」
女天狗の質問にしっかりと答えなければ、このまま話が進まないと判断したエヴィは、渋々と言った様子で頷いて見せるのだった。
しかし素直に答えたエヴィだが、この後に起こる事を前もって分かっていれば、だんまりを続けていた方がよかったのかもしれない――。
その理由としては、エヴィの言葉を理解したこの『妖魔山』の全天狗を束ねる『帝楽智』が、エヴィを『妖魔山』に仇名す者と認めてしまう事となったからである。
「――」
「え……」
エヴィの言葉を聞いた女天狗の『帝楽智』が静かに『呪詛』を呟くと、唐突にエヴィは抗えぬ程の眠気に襲われていく。
彼はその突然の出来事に呆然と口から言葉を漏らすと、そのまま瞼が閉じられていく。
(な……んだ、これ……? は、はやく、に、人……、形を……っ!)
必死に意識のある内に力を振り絞り、人形を出してこの状況からの打開を試みるエヴィだったが、女天狗の『帝楽智』の『呪詛』の力の前に、彼は耐魔力が及ばずにそのまま前のめりに倒れて意識を失ってしまうのだった。
そして『帝楽智』はエヴィの無力化を果たした後、右手に『魔力』を集約させ始める。どうやらトドメを刺そうというのだろう。
それを見た『イダラマ』は慌てて倒れている『エヴィ』を守るように前に立ち、これまでの展開していた『結界』よりも一際小さな『結界』を施し始める。
どうやら『魔力』の隠蔽のためではなく、エヴィを守るための攻撃に対する抵抗を見せようというのだろう。
そのままイダラマは『結界』を施した後に、彼の頭上高くに君臨する『帝楽智』に向けて視線を向けるのだった。




