1614.沽券
大魔王『エヴィ』の作り出した人形達の爆発によって、木っ端微塵に『座汀虚』の身体が吹き飛んだ。
パラパラと『座汀虚』の肉塊が空から地面に向かって降り注いでいくところを上空から冷静に見ていたエヴィだが、目の色がいつもの色に戻った瞬間にがくんっと身体が揺れたかと思うと、ふらふらと風に流されるようにしながら、自らも地に降りていくのだった。
「見事だったぞ、麒麟児よ。まさかランク『8』は確実にあるであろう『座汀虚』を、たった一人で倒す事が出来るとは流石は麒麟児だ……!」
「ふーん、今の奴でもランク『8』もあるんだね」
イダラマの目を見たエヴィは、嘘ではなく本音でそう告げているのだろうと確信を持つのであった。
――どうやら先程の天狗は本当に強者の部類に入る『妖魔』で間違いがないのだろう。
エヴィは『座汀虚』と呼ばれていた『天狗』がランク『8』だと聞き、確かこの世界ではランクが『10』の『妖魔』が最強だと言っていた筈だと思い出すのだった。
(確かに面倒な敵ではあったけど、今の妖魔とやらは攻撃方法が真正面から過ぎたね。あれなら『アレルバレル』の『魔界』に居る連中の方がもっと手強いと思えるよ)
過去の戦ってきた大魔王達や、仲間である『九大魔王』の面々、それに彼の崇拝する大魔王『ソフィ』といった真正面からであろうが、何であろうが、そのどんな戦い方にもあらゆる策略を用いる手練手管の『魔族』達を脳内に浮かべるエヴィだった。
しかし、わざわざその事を口にして言って聞かせる必要はないと判断したエヴィは、胸中で誰にも聞かれぬように静かに呟くのであった。
「すまないが、麒麟児よ、あれだけの戦闘を行った後に告げるのは酷だとは分かっているが、直ぐにでもこの場から離れよう」
「別にそれは構わないけど、急ぐ理由が何かあるのかい?」
戦闘を終えたエヴィを労うイダラマであったが、彼はこの『妖魔山』の中腹付近から直ぐにでも離れたがっているようで、その表情にも真剣さが帯びていた。
「小僧、お主が倒した『座汀虚』は、天狗の中でも相当に位の高い奴でな。奴自身も強い力を有していて、非常に厄介ではあるのだが、何よりもその『座汀虚』を倒したという事実が更に厄介なんじゃ」
そう話す様子を見るに、どうやらイダラマでだけではなく、コウエンもまたこの場を早く脱したいと考えているようだった。
「この『妖魔山』には多くの種族の妖魔達が生息しているが、その中でも中腹付近の顔とも呼べる『天狗』達は相当にプライドの高い連中でな。山の見回りを行う単なるいち『天狗』がやられたくらいでは、大きな問題になるということもないのだが、流石に『座汀虚』レベルとなるとまた話も変わってくるのだ」
コウエンの話を補足するようにイダラマが後に続くと、コウエンはイダラマに頷いて見せるのだった。
「それも『座汀虚』を倒したのが他の『妖魔山』に生息する同じ『妖魔』ですらなく、山に乗り込んできた『人間』達だと知れば、躍起になってワシらに報復しようと『天狗』達は集結して襲い掛かってくるであろう。ここでワシらを逃してしまえば、今後山での奴らの沽券にも関わってくるだろうからな」
「うむ。我ら人間達もつい最近似たような事で『妖魔退魔師』組織と揉める事となったが、存在感が大きくなればなるほどに余所に対する体裁や体面、そして余所から見た自分達の沽券というものが重要になってくるのだ。それはやはり人間達も妖魔達も変わらないという事だな」
その話を聞いたエヴィは、大きく溜息を吐くのだった。
「そんな事言われても襲ってきたのはコイツらだったんだし、やられて黙ってなんていられないよ。それで文句を言ってくるっていうなら、そいつら全員を片っ端から片付けちゃおうよ。わざわざ逃げるなんて僕はお断りだね」
天狗達の頭領である『帝楽智』の事をよく知らないエヴィがそう言うと、イダラマとコウエンは互いに複雑そうに顔を見合わせるのだった。




