1585.これまでと、これから
※第11章『イダラマの同志編』の最終話となります。
ミスズが敬礼をやめると同時、他の隊士達も速やかに手を下ろして再び基本の姿勢に直す。
そして今度は、シゲンの隣に立っているミスズが口を開いた。
「それでは次に移らせて頂きます。本来は『妖魔山』の調査を終えた後に、改めて報告を行おうとしていた事ではございますが、今回合わせて報告を行います。エイジ殿、ゲンロク殿、こちらへ」
里に出向いていた最高幹部達は直ぐにピンときたが『サカダイ』の本部に居た隊士達は、当然ながら何の話か分からずに視線だけをエイジやゲンロク達の方へ向けた。
「今回『妖魔山』の『禁止区域』の調査に我々『妖魔退魔師』組織と、共同で行う『妖魔召士』組織のエイジ殿とゲンロク殿の御二方です。皆も知っての通り、ゲンロク殿は前回の一件で『妖魔召士』組織の長を退き、後任を決める間の代理の長を務めておられましたが、ここに居る『エイジ』殿がこの度『妖魔召士』組織の長と正式に決まりましたので、ここでご報告を兼ねて、エイジ殿にも挨拶をして頂く事になりました」
突然の発表に当然ながら隊士達は驚いた顔を浮かべていたが、その事について誰も私語をする者は居ない。
別の組織の長が挨拶をするという時に、そんな失礼な真似は出来ないと隊士達個人個人が思っているのも当然にあるのだが、それ以上に副総長のミスズがいつも掛けている眼鏡を外して、睨みつけるように隊士達を見ていた事も少なからず影響していた。
…………
そして『妖魔召士』組織の新たな長となった『エイジ』の『妖魔退魔師』組織との現在の関係性を踏まえた上で、今後は共同で『妖魔山』の『禁止区域』への綿密な調査を行い、その後も良好な関係を続けていく事を明確に表明をするのであった。
更に横に居た前時代の組織の暫定の長であった『ゲンロク』からも、改めて『妖魔退魔師』組織への謝罪を行った上で、新体制となる『妖魔召士』組織と良好な関係を願う旨を『エイジ』と『妖魔退魔師』組織に対して口頭で伝えると、深々と頭を下げるのであった。
総長、副総長、最高幹部の組長格、副組長と拍手が連なっていき、やがては『妖魔退魔師』組織のこの場に居る『本部付け』の全隊士から拍手が巻き起こった。
まだ完全には両組織間における『戦争状態』が取り除かれたというわけではないが、新体制となる『妖魔召士』組織は、かつてのように再び互いの組織が連立する同盟組織となるだろうとこの場の全員が予想を行うのであった。
――こうして色々とあったが、両組織は『妖魔山』の『禁止区域』への調査のために、共に歩を進める事となったのであった。
……
……
……
そしてエイジ達の表明が終わった後、ソフィ達はエイジやゲンロク達と共にヒュウガの亡骸の元に来ていた。
本来は『特務』のカヤがミスズの指示で亡骸を移動させようとしていたのだが、どうやらゲンロクは最初から『ヒュウガ』の亡骸を受け取るつもりだったのだろう。
表明を行う前に部屋に最後に入って来たミスズが、イツキに殺意を向けた事も当然ながら気付いていて、戦力値の高まりから戦闘になりかけていた事も理解しており、ゲンロクが最後に『ヒュウガ』と面会を終えた後に事は起きたのだろうという事も察していた。
そんな彼はカヤやミスズへ事情を伝えた後に、ヒュウガの亡骸のある場所に向かおうとしたのだが、そこにエイジと共に居たソフィがゲンロクの姿を目聡く捉えた為、こうしてこの場所へ三人が揃ったというわけであった。
「――本当に良いのだな? お主が望むのであれば、この組織の者達と同じように蘇らせる事もまだ可能ではある筈だが……」
ソフィが横たわるヒュウガの亡骸の前で静かにそう口にすると、ゲンロクは首を横に振って、ソフィの蘇生の申し出を断るのであった。
「こやつは最後にワシと面会を行った時、涙ながらに生きる事が虚しいと、人間とは哀れな生き物だと口にしておった……。こやつがまだあれ程の事をしでかした罪人ではなく、引退を通して新体制を認めておれば、共に里で隠居をしてやろうとも考えられただろうが、たとえ蘇らせてもらって里へ連れ帰ったとしても一生『牢』から出せる身ではなくなってしまっておる。あれほどに生きる気力を失っておったこやつを再び蘇らせたとしても、そこに待っているのは絶望という名の地獄じゃろう。少しばかり『妖魔召士』組織に尽くした最後にしては、気の毒だとも思うが、因果応報といえばそれまでじゃ……。このまま、楽にしてやって欲しい……」
「そうか……」
どうやらゲンロクは、今もヒュウガを憎んでいるというわけではなく、どちらかといえば『ヒュウガ』の身に寄り添うような気持ちを抱きつつ、亡骸を里へと持ち帰り弔おうと考えている様子であった。
色々と邪な考えを抱いていたヒュウガだが、それでもこれまで数十年という長い間、ゲンロクと共に『妖魔召士』組織を支えてきた男である。
ゲンロクにしてみれば、最後の最後に痛い目を見たといわざるを得ないが、それでも長きに渡った戦友であった事もまた間違いはなく、彼にしか分からない感情というモノもこの場には存在しているのであろう。
ソフィは確かに蘇生を行う事は可能であると考えたが、そんなゲンロクの心を無碍にするつもりは毛頭なく、理解者の元に引き渡す事が最善なのだろうと、そう感じたのであった。
「では、我が最後にお主らを里へ送ってやろう。それくらいはしてもよかろう?」
ソフィの優しい心を感じ取ったゲンロクは片方の目だけ涙を流しながら、静かに首を縦に振るのであった。
エイジはそんなゲンロクとソフィのやり取りを横目に、再び目の前のヒュウガに視線を移す。
(お主のしようとした事は決して褒められた事ではないが、お主はお主なりに『妖魔召士』の未来を見据えて、このままでは埒が明かぬと行動をした結果だったのだろう……。小生とて『組織』の長となった身。色々と今後は周りに左右されて、いつの日か取ってはならぬ行動を取ってしまう時がくるかもしれぬ。だからこそ、今回のお主の行動もまた、一つの有り得る未来の一つとして心に刻ませて頂こう)
静かにエイジは目を瞑り、ヒュウガとの最後の別れをすませるのであった――。
…………
「さて、もういいでしょう? ソフィ殿達はどうやら『ヒュウガ』殿の亡骸をゲンロク殿達と共に、里に送り届けられるようです。私達も部屋に戻りますよ。いいですね、シグレ?」
「はい……、サシャ様……」
曲がり角の片隅で、静かに自分の大事な人を奪った憎き『妖魔召士』の最後の姿を見ていた『シグレ』は、この場所に一緒に連れてきてくれた『二組』の副組長の『サシャ』に頷きを見せるのであった。
(コウゾウ隊長……! 私は貴方の仇を討つ事が最後まで出来ませんでした。それに今も『妖魔召士』は憎くてたまらない……。またいつ私の中でどす黒い感情が芽生えてしまうかも分かりません。もう私は壊れてしまっているのだと思います。ですが、もうどうすることも出来なくなりました。私は、私は、今後どうすればよいのでしょうか?)
先に前を歩き始めた『サシャ』の背中を見ながら『シグレ』は、もう自分は生きていても仕方がないかもしれないとまで考えてしまうのであった――。
そしてソフィ達の居る方向から反対方向の部屋を目指して、サシャの後をフラフラと追いかけて行くシグレであったが、虚ろな目を浮かべる彼女の前に、一人の大男が彼女の前に現れるのであった。
「シグレ殿、アンタはもうこの場所には居たらいけねぇ。だから、俺がアンタの面倒を死ぬまでみてやる。だ、だからよ、俺にアンタの『今後の一生』を預けてみねぇか……?」
その大男は向かう先を見失った一人の『予備群』の女性に、一世一代の告白を行ってみせるのであった。
「せ、セルバスさん……っ!」
シグレは大粒の涙を流しながら、その大男の名を呼んで抱き着く。
シグレの頭の中はぐちゃぐちゃで、何も考えられはしなかったが、本能で彼女は彼を求めたのだろう。
泣きながらもシグレは『決してもう大事な人を離すわけにはいかない』とばかりに両手でしっかりとセルバスを掴んで離さなかった。
……
……
……
「あーあ、ミスズ様……。貴方がこれから育てようと考えていた、大事な大事な隊士は、もう戻ってはこなさそうですよ?」
何時まで経っても自分の後をついてこないシグレに、何かあったのかと思い『サシャ』は再びこの場に戻ってきたのだが、そこで泣きながらセルバスに抱き着くシグレの顔を眺めると、そう一人ぽつりと呟くのであった。
(し、しかし……――! い、いいなぁ! いいなぁ!! わ、私もスオウ組長に、あんな風に抱きしめてもらいたいなぁ!!)
何処か寂し気な表情を浮かべていたサシャだったが、いつしか二人の様子を見て、羨ましそうに両手で自分の胸元を抱いた後、ぴょんぴょんとその場で飛び跳ねる。そして願望が表に漏れ出そうになるのを必死に手で口を押さえ留めて、代わりに心の中でそう叫ぶのであった――。
……
……
……
「ゆ、ユウゲ殿! ヤエ殿!! お、俺はいつまでここに居ればいいんだよぉ!! い、イツキ様ー!」
そして全ての者から忘れ去られて、町の片隅に置き去りにされた男が一人、こちらも大粒の涙を流しながら『ユウゲ』達に恨みの声を上げるのであった――。
『イダラマの同志編』 完。
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