1566.意識の狭間
シグレは次々と目まぐるしく状況が変わっていく瞬間を目の当たりにしながら、狼狽することも出来ずにただ単に呆然と成り行きを見守るしか出来なかった。
当初はこの『サカダイ』に本部を構える『妖魔退魔師』組織の施設に、次々と『妖魔召士』達が乗り込んできた事で、シグレは再び『コウゾウ』隊長をやられた時の悔恨を思い出すように殺意を『妖魔召士』達に向けていたが、結局彼女は『妖魔召士』に対して何も出来ず、挙句に自分の事を大事に想っていてくれていた『セルバス』が自分の身代わりとなってやられてしまった。
その事に頭が追い付かず、ただ流されるように自分の大事な人が次々と命を落としていく様を見せつけられてしまい、遂にシグレはもう、精神的に限界に来てしまうのだった。
「あ、ああっ、せ、るば……す、さ……、うぁ……」
シグレは譫言を呟くかのように声を漏らすと、ふらふらと頼りなさげな足取りで横になっているセルバスの元へと寄っていく。
その姿をいち早く見つけたのは、副総長の『ミスズ』であった――。
「し、シグレ!」
彼女もまた大魔王ソフィの処刑ともいえる戦闘に意識を奪われていたのだが、我に返るとまず周囲の様子を窺おうとした矢先に、小声で何かを呟いていたシグレが目に入ったようである。
そしてそんなシグレに声を掛けようとしたタイミングで、先程のように譫言を漏らしたシグレがフラつき倒れそうな様子のままで動き出したために、慌てて彼女の元へと向かおうとしたのであった。
――が、しかし唐突にミスズは足を止めた。
正確には足を止めたのではなく、遮るようにソフィが手を出して制止したからであった。
「少し待つのだ、ミスズ殿!」
「えっ――?」
突然のソフィの制止させようとする言葉に驚き、視線をソフィに向けると彼はセルバスを見ていた。
「今、あやつの手が動いたのだ。まるでシグレ殿の小さな声に反応をするようにな」
「!」
ミスズが説明を要求するような視線をソフィに向けたところ、ソフィは直ぐに制止した理由を告げるのだった。
「ああ……、せ、セルバスさん……。私のせいで、ご、ごめんなさ……い」
シグレは倒れているセルバスの横に座ると、そのセルバスの手を両手で大事そうに掴みながら、自分の身代わりとなって『妖魔召士』の攻撃を受けて倒れてしまったセルバスに、自分の所為だと懺悔を行うように謝罪をするのだった。
……
……
……
シグレから謝罪の言葉が発せられる少し前、ソフィの『魔法』ですら意識を取り戻さなかったセルバスは、現実には有り得ない事を体験している真っ最中であった。
「こ、ここは?」
彩りを飾るように白や黄、そして桃色等の色鮮やかな花畑が広がる場所で一人『セルバス』は目を覚ました。
身体を起こしたセルバスはぐるりと辺りを見回すが、見渡す限り同じ風景が続くばかりである。
当然、こんな場所に居る理由も分からず、自分の身に何が起きたのかを思い出そうと考えた矢先だった。
セルバスの視線の先、先程まで誰も居なかったその場所に、一人の見慣れた姿の『人間』が立っているのが見えた。
その人間はセルバスを見ると興味を失くしたような表情を浮かべて、そしてそのまま踵を返してセルバスの居る方向と反対の先に向かってゆっくりと歩き始めるのだった。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! み、ミラ様!!」
――そう、セルバスに微笑みかけた『セルバス』が見慣れた人間の正体とは、かつて『煌聖の教団』の総帥であった大賢者『ミラ』なのであった。
冷静になれば目の前を歩く大賢者『ミラ』が、生きている筈がないと考えられたのだろうが、今の彼は何故かこのミラが本物に見えて後を追いかけてしまうのだった。
相手は歩いていて自分は走っているというのに、一向にその差が埋まらなかった。
完全に置いて行かれるわけでもなく、このまま走っていればいつか追いつけそうな気もする絶妙な距離感。
そしてどれくらいの時間が経ったのだろうか――。
やがて後を追い続けて行ったセルバスの前でようやくミラの足が止まると、後ろを確認するように彼は振り返った。
無表情のままではあったが、もうセルバスを置いていくつもりはなくなったのか、ミラはじっとセルバスの方を見ていた。
「み、ミラ様……!」
セルバスは立ち止まったミラを見て、ほっとした表情を浮かべる。
「!?」
そして彼はミラの元へと駆け寄ろうとしたが、そこで今度はセルバスのが足を止めるのであった。
その理由はセルバスとミラの間に大きな川が流れていたからである。
「こ、こんな川なんて、普段であれば何でもない筈なのに……」
何故かセルバスはその川に足を一歩でも踏み入れると取り返しのつかない事になりそうな気がして、中々踏み入れる事が出来ず、また空を飛ぼうとしても『魔』のコントロールが上手く出来ず、そのまま飛べば川へと落ちるイメージが浮かび上がるのであった。
困った表情を浮かべたセルバスは、ふと視線を感じて先に居る『ミラ』の方を一瞥する。
川の先でじっとセルバスの様子を見ていたミラは先程までの無表情ではなく、早くこっちへ来いとばかりに苦笑いのような顔になり、ゆっくりと右手を差し出してみせるのであった。
「み、ミラ様……!!」
自分の憧れた『煌聖の教団』の総帥の優しい視線と笑み、そして自分に向けて差し出してくれた手を見たセルバスは、先程までの悩んでいた事が馬鹿馬鹿しくなる程に足が軽くなり、再び駆け出そうと足を川へと踏み出し掛ける。
しかし、その瞬間であった。
――セルバスさん!
その声が彼の元に届いた瞬間、本能に従うようにピタリと足を止めて『セルバス』は来た道を振り返るのであった――。
……
……
……
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