1544.恋慕の情
ライゾウ達が『コウヒョウ』の町から『同志』達を連れて『サカダイ』の町近くの旅籠町に戻ってきた事で、ユウゲ達はつかず離れずの距離感を保ちながら彼らが『サカダイ』の町に乗り込むであろうその時を静かに待ち続ける。
――ユウゲの目的は今も『妖魔退魔師』の本部に捕らわれている『イツキ』の解放である。
自分達を捕縛から解くための身代わりになり、牢に留まる事を選んだイツキだが、ユウゲはイツキの本当の狙いを理解していた。
『煌鴟梟』のトップであった彼を知っている男であれば、イツキという人間は非常に冷酷な男というイメージを持つ事が多いが、その本質と呼べる根っこの部分は、飄々としていはいるが非常に仲間想いだという事である。
それは当然普段の言動や態度からは想像がしにくいかもしれないが、彼が二代目に選んだ『トウジ』という男が『ヒュウガ』に利用されて殺されたと知った時、少しの間だけではあったが、彼はその本質と呼べる部分をユウゲの前で露わにしてみせた。
普段は偽りの自分を見せていて、非常に掴みどころのないイツキではあるが、そんな彼は自身の本質だけは誤魔化すことは出来ない。
――彼は必ず『ヒュウガ』を殺すまでは諦めないだろう。
それはあの時『退魔組』の連中を『牢』から解放する時に見せた『イツキ』の目が全てを物語っていた。
もしあの場に『ミヤジ』も居れば、彼もイツキの視線の意味を理解が出来たであろうが、あの視線の意味を理解出来た者は、あの場では『ユウゲ』だけであったのだろう。
つまり彼は『ヒュウガ』を始末するためだけに、わざと『妖魔退魔師』本部の『牢』に留まった筈である。
(この『旅籠』に集った『妖魔召士』達が『ヒュウガ』殿を解放するのが目的であれば、必ず『イツキ』様は全身全霊を以て『ヒュウガ』様の殺害に動くはずだ。そうであるならば、このワシは少しでもイツキ様のお役に立たなければ……! 死ぬと分かっていようが、それこそヒイラギ達と同じように命を散らす事になったとしても、あの御方のために死ねるのであれば本望だ!)
ユウゲは自分の信じた『現人神』のために、この場に集った『妖魔召士』を敵に回そうとも『イツキ』の救出に命をかけようというのであった――。
…………
『旅籠町』にライゾウ達が逗留をしてからユウゲ達は、怪しまれないようにしながらも町の出口を交代制で見張り始める。
ここに彼ら『妖魔召士』達が戻ってきた事で、その目的が『サカダイ』の町の『妖魔退魔師』組織の本部だという事は分かっている。
つまりここに彼らが逗留しているという事は、間諜などからの情報若しくは合図のようなモノを待っているという事に他ならないだろう。
そういった怪しい連中が『ライゾウ』達『妖魔召士』に接触を行う事があれば、直ぐに彼らは『サカダイ』の町に向けて出立するだろうと考えての見張りなのであった。
そして朝まだきの薄明の頃、数人の男が『ライゾウ』達が居るところに入っていくのを『ユウゲ』の護衛の『ヤエ』が見届けると、表情をそのままにその場から静かに離れるのだった。
…………
ヤエの報告を聞いた『ユウゲ』と『ミヤジ』は直ぐに準備を整えると、ゆっくりと身を寄せている旅籠の二階の窓から赤い狩衣を着た集団が町の外へと向かっていくのを見届ける。
「どうやらヤエの言う通り、妖魔召士様方の元に間諜からの報告が届いたようだな。こちらの掴んでいる情報でも『妖魔退魔師』達は『妖魔山』に調査に行くという名目で、ゲンロク様の里に向かっているのは間違いない。この機を逃す手はないと、彼らも兼ねてよりその準備を整えていたのだろうな」
「どうしますか? あれだけの規模の『妖魔召士』様達です。主戦力が削がれている今の状況では流石の『妖魔退魔師』達でも分が悪いと見ますが……」
ミヤジは戦闘ごとに関しては口出しをするつもりはないようで『ユウゲ』と『ヤエ』の話に耳を傾けつつ『妖魔召士』達が外を歩いている姿を静かに眺めていた。
「ああ……。あくまで我々の目的は『イツキ』様を『妖魔退魔師』組織の本部から解放し、自由を得て頂く事にある。彼らの『同志』を救出するために行う襲撃というのは、我々にとっても好機である以上は彼らに乗らざるを得ない。このまま彼らが派手に暴れるのを見計らい、その隙に中へと入り込もう」
「分かりました……」
――ヤエはユウゲの言葉に頷くと、刀を持つ手に力込める。
これでもうどう転んでも彼女達は、長く生きることは困難になったと理解したためである。
『妖魔退魔師』組織の本部を襲撃した『妖魔召士』達は、今後必ず『妖魔退魔師』組織からの報復が待っているだろう。
そこに『ヒュウガ』だけではなく、その一派と無関係とされて別の枠組みで捕縛された『イツキ』も脱獄させられたとしれば、必ず『妖魔退魔師』達はその原因と要因をくまなく調べ上げて『退魔組』関係並びに生存している『特別退魔士』の居場所を突き止めて、必ず再び牢に戻そうと動くだろう。
ヤエは先の森での一件で『幹部』ですらない、単なるいち隊士である『妖魔退魔師』一人にさえ『式』を用いた『特別退魔士』や、自分達のような護衛が一斉に襲い掛かっても仕留める事が出来なかった事で、彼らとの実力差というモノをこれでもかという程に理解している。
今度はそんな『妖魔退魔師』が、組織を挙げて自分達を狙い報復行動を開始するとなれば、この『ノックス』の世界の何処に逃げても『予備群』がほぼ全ての町の護衛として派遣されている以上、いずれは必ず捕まってしまう。
今後は脱獄に協力した『ユウゲ』や『ヤエ』に『ミヤジ』は、一般人のようなまともな生活がおくれる筈がない。
――捕縛されてしまえば、良くて一生『牢』の中。
酷ければ裏から手を回されて誰にも知られずに、ひっそりと暗殺されてその存在を消されるだろう。
一度は釈放を許された身だというのに、あえて辛い道を選択したヤエだが……――。
今、この瞬間にも刀に力を込めているヤエの顔は、ユウゲと共に添い遂げて共に死ねる未来を想像して、歓喜に満ちた笑みを浮かべているのであった――。
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