1542.嗚咽交じりの大粒の涙
取り押さえようとする『妖魔退魔師』達の手を解こうとしながら、口では離せと叫び暴れるシグレだが、そんな彼女の元にゆっくりとセルバスは歩いていく。
そしてセルバスは遂に彼女の前で立ち止まった。
「あんなに優しかったアンタが、そこまで変わってしまうなんてな……」
「あ……」
シグレはセルバスの顔をその目で捉えると少しだけ抵抗する手が緩み、そしてその言葉に小さく言葉が漏れるのだった。
どうやら彼女の中でも『セルバス』という自分を好いてくれている男の存在は、大きいものだったのだろう。
あれだけ髪を振り乱して暴れていた彼女が、一時的にとはいえその視線を『セルバス』というたった一人の男の元に置いて、大人しくなるのであった。
同時に彼女は今の自分をセルバスに見られたくなかったようで、どこか後悔したかのような表情を浮かべると、視線を自分から先に逸らし足元に向け始めるのだった。
「悪いが、俺達二人だけにさせてもらえないか?」
シグレのそのしおらしい姿を見たセルバスは、その後に彼が続けようとしていた言葉を呑み込み、周りに居る『妖魔退魔師』に向けて違う言葉を出すのであった。
「い、一体何を……!」
「それではすみませんが、後の事を頼めますか? どうやら奴らの勢いも相当のようなのでね。我々も加勢に行かなくてはならなそうです」
先程までシグレを取り押さえていた妖魔退魔師の男達が反発しようとしたが、その言葉を遮るように入り口に居た女性の妖魔退魔師がそう口を挟むのであった。
「お、おい!」
「どうやらこの御方はこの子の良き理解者のようだ。この子が素直に大人しくしているところを見て何も感じないのか?」
「……」
「……分かった」
セルバスとシグレの関係性を直ぐに察した女性の『妖魔退魔師』が、外の戦闘の加勢を理由にあげながら、二人だけにしてやろうと口にすると、もう片方の男がそれに直ぐに同意する。
残されたもう一人の方は『ミスズ』に忠実な隊士だったようで、納得はしていない様子で返事だけは終始せずにいたが、空気を読んで最後には他の者達と同様に外へと出て行くのであった。
――そしてこの場に『セルバス』と『シグレ』だけが残されるのであった。
「こうしてアンタと二人だけで話をするのも『旅籠町』で酒場に追加の酒を取りに行って以来だな」
「そうですね……。そんなに日が経ってないというのに、あの頃が懐かしく思えます」
シグレの話す通りに当時はまだ『コウゾウ』も生きていて『シグレ』も心にゆとりをもって『予備群』として生きていた。
そして片やあの頃の『セルバス』は『煌聖の教団』の脱退を本格的に決意し、過去の清算を果たすに至った時であった。
まるであの日の互いの精神状況をひっくり返したように、心の持ちようが両者の間で変革を遂げていた。
「私の取り巻く環境はあの日を境に全て変わってしまった。それでも私、その流れの早い変化に必死についていこうとしたんです。あの『旅籠町』で私がコウゾウ隊長の後を継いで自らが隊長となる事を受け入れて……。それで『妖魔退魔師』本部に報告と……、私の今後に対する決意を『ミスズ』様にも聞いてもらって……」
セルバスに自分の身の上話を聞かせていく内に、色々と思い出してしまったのだろう。
シグレは嗚咽交じりに必死に泣きながら言葉を紡いでいく。
「何とかここにきたことで私は、元の私に戻れるかもって……! でも、駄目なんです! ミスズ様や皆に優しくしてもらっているっていうのに! 少し『妖魔召士』の事を考えさせられると『コウゾウ』隊長の事が頭にちらついてしまって、また私の中でどす黒い感情が溢れて……! あんな目に遭わせた『妖魔召士』達を皆殺しにしないとって!! それをしちゃだめなんだって、堪えようとすると心が痛いんです! もう、わ、わたし、これ以上は我慢が出来ない……と思います」
こうしてセルバスに向けて言葉を放っているシグレだが、その目はもうセルバスが見えてはおらず、まるで自分の中に生み出してしまったもう一人の復讐鬼に精神を乗っ取られてしまったかの如く、殺意が彼女の中から漏れ出しているのをセルバスは感じ取るのであった。
「我慢なんてしなくていい」
「え……?」
慟哭の声をあげながら怨嗟を吐き出すように、殺意を滲ませながら身の上話を言葉にしていたシグレだが、そんな彼女にセルバスは安心させるような優しい声と言葉を掛けると、自分の胸にシグレを抱き寄せるのだった。
「せ、セルバスさん……?」
「あんたはもう十分に苦しんだんだ。それ以上に苦しい思いをするくらいならば、もう我慢なんてしなくていい」
「うっ、うぐっ、うう……っ!!」
シグレは抱きしめてくれているセルバスの背中に、爪を立てる程に強く抱きしめ返しながら、嗚咽交じりの大粒の涙を流すのだった。
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