1163.燻ぶる熱情に焼られた火
※加筆修正を行いました。
「素晴らしい。他者に対して行うところを見ていて躱せると思う事は珍しいことではないが、自身でそれを実行する事はとても難しい筈だ。それを初見のこの一回で完全に『回避』に成功させるとは思わなかった」
「ありがとうございます」
ソフィの近くまで歩いてくるとミスズは、ソフィの賞賛の言葉にお礼の言葉を口にするのだった。
本当にソフィはミスズに世辞を告げたわけではない。何故なら今ソフィが放った『魔瞳』は、ミスズが言っていた『妖魔召士』達の使う『魔瞳』とは違い『魔瞳』の発動の瞬間に魔力の波を圧のようにぶつけるタイムラグが生じたわけではない。放った瞬間には相手の動きを封じる事を可能とする程の魔速なのである。発動のタイミングを計って回避をするには難度が高すぎる事をあっさりとミスズは成し遂げて見せたのである。
それこそ戦闘センスがずば抜けていて魔族の『魔瞳』を受ける事にも慣れている者であれば、ミスズが今見せたような見事な『回避』も可能だろうが、今回のように初見であったり、それを行ったのが大魔王ソフィという事がまた大きいだろう。
ヌーはそれを理解したからこそ『セルバス』だけではなく、彼もまたミスズという存在を大きく意識するようになるのであった。
「『妖魔召士』達の『魔瞳』と違い、我達の『魔瞳』には目立ったラグなどはなかったと思うのだが、何か避ける手蔓のような物はあったのだろうか?」
ソフィから『魔瞳』に対して何か避ける手立てや、糸口のような物があったのかを聞かれたミスズは、ソフィの表情を窺いながら何かを逡巡するように間を置くが、やがて何かを決心したような顔になって口を開いた。
「それは『音』ですね。貴方の『魔瞳』ですが、これまで数度に渡って甲高い音を耳にしています。一度目は『魔瞳』の発動音とは気づかずに、私自身の耳に異常があるのかとさえ思いましたが、二度目からは明確に貴方の『魔瞳』による音で間違いないと断言していました」
「ふむ、音……、音か……」
確かに『魔瞳』を使う時に甲高い音が響き、そしてそこから目の色が変わるという事を理解していたが、まさかそんな一瞬の出来事にすらこうして『回避』に利用される事になるとは思わなかった。
「常に戦闘に身を置いてきた我々が『妖魔召士』の『魔瞳』を『回避』する事に慣れているから出来た事だと思いますけどね」
これは決して賞賛の言葉をくれたソフィに対して返した建前の言葉ではなく、実際に経験した事で口に出来たミスズの本音であった。
「そうか……。うむ、そうか。我の無理に付き合ってもらってすまなかったミスズ殿」
ミスズの言葉が本音だという事を理解出来たソフィは、何かを決心するように頷いた後にミスズに付き合ってもらった礼の意味を込めた言葉を贈るのだった。
(我の魔力を込めた『魔瞳』すらも、こんなにも容易く回避される事になるとはな)
それはこれまでよりもソフィの理想が込められた願望にまた一歩近づいた事を意味する。単純な戦闘だけでは決してなく、魔神に預けなければならない程に、持て余していたソフィの本来の魔力を使わざるを得ない程の世界が見つかったという事であった。
そしてそれはこのミスズとの一件で、彼の内に燻ぶっていた熱情に火が焼られた瞬間でもある。最強の大魔王が抱く願望の先、迎えられる『理想』に今回の事は繋がっているのではないかと感じられたのであった。
(世界の崩壊が迫れば、否応なしに魔神達は姿を見せるだろう。もし我が全力で戦える相手が現れたその時は悪いがあやつだけではなく、その神々達にも手伝ってもらわねばならぬな)
それはソフィ自身もこれまで開放した事がない力であり、自らが完全にコントロールが出来なくなるだろうと予想が出来る最終形態の全力。その力を出すに値する相手が現れた事はなく、纏っただけでどれだけの甚大な被害を世界に及ぼす事になるか分からない途方もない力である。
試してみようとすら安易に思う事も赦されない力の源をソフィ自身が実感が出来る日が来るかもしれないという期待が、ソフィの心をこれ以上ない程に躍動させるのだった。
「「……」」
ソフィが何とか心を落ち着かせようと静かに息を吐いた瞬間。セルバスや死神であるテア、そして最恐と称された大魔王ヌーですら気づかないソフィの圧力を張本人の『第三形態』となった姿と戦った事のある筈のミスズと、腕を組んでずっとソフィの観察を続けていたシゲンの両名だけが気づき、そして互いに互いの目を交差させるに至るのであった。
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