1046.抱いた虚無感
※加筆修正を行いました。
『予備群』が大勢居る屯所の前で自分が人攫いだと叫んでいた男は、コウゾウ達の部下が目の前に現した瞬間に信じられない程大人しくなった。
実際にはセルバスに『魔瞳』でそう命令されていたからこそなのだが『予備群』達は叫んでいた男が、自分達に恐れをなしたと判断したようである。
「さっさと歩け」
そうしてあっさりと男は捕まり地下の『煌鴟梟』の牢に連行されていくのであった。セルバスの居た所から大急ぎでこの場に戻ってきたシグレだけがその場に残される形となった。
「ソフィさん達を含めて、一体魔族というのは何なのだろうか」
これまで妖魔と人間しか見た事のないシグレは、自分達を魔族だと呼んでいたソフィ達の言葉を思い出して、このような荒唐無稽な事を行えたり『妖魔召士』や高ランクの妖魔を倒したソフィ達『魔族』という種族について、再び好奇心を抱くのであった。
そしていつまでもここに残っていても仕方が無いと考えたシグレは、屯所の中へ戻ろうと歩き始めたが、その屯所の入り口に自分の尊敬する男が立っていた。
「何があった?」
「隊長……! 詳細は中でお話します」
『妖魔召士』を相手にしていた時とまでは言わないが、普段のシグレの様子ではないなと感じたコウゾウは小さく頷きをみせた。
「分かった。執務室へ行くぞ」
「はい」
……
……
……
コウゾウは屯所の中へ戻った後、まずソフィやエイジ達に外での問題がなかった事と、騒がせた事の謝罪を告げて合わせて報告を行った。そしてそのまま酒宴を続けて楽しんでくれと最後にソフィ達に一言残して部屋を出た。
そして外で指示を待つように待機をしていた部下達に、騒いでいた男を地下の座敷牢へ入れておくように指示を出した後、ようやくシグレと共に執務室へと戻って来るのであった。
「それでまずお前に聞きたいんだが、何故外に居たんだ?」
シグレには『煌鴟梟』の件があったばかりであり、部屋で休んでいるようにと告げていた筈であった。それが警備をしているかの如く、屯所の外へ出ていたのだからコウゾウは当然の疑問を口にするのであった。
「それはセルバスさんから、お酒の追加を頂きたいと申し入れがありまして」
「なっ……! う、嘘だろう? あれだけの酒をも、もう全部呑み干してしまったというのか!?」
他の世界の基準で考えれば、ソフィ達の呑んだ酒の分量がそこまで多いというワケでも無いが、この世界の酒は度数が高く、コウゾウは酒宴に用意した分で十分に足りるだろうと判断していた。しかしどうやらソフィやヌー達はコウゾウの予想以上に酒豪だったようだ。
「はい。それで私が酒場へ取りに行くと言ったのですが、セルバスさんが自分達で呑む分だからと運ぶのを手伝うと申してくれまして、それで卸してくれるいつもの酒場に向かったのですが、そこであの男が刃物を持って襲ってきたのです」
ソフィ達の酒豪ぶりに驚いていたコウゾウだが、この『旅籠町』に再び刃物を持って襲撃してきた男が居たと聞いて真剣な表情に戻す。
「それは単なる刃物か?」
「はい。刃物を持った男は戦闘経験も皆無に近く、どうやらただの人間でした」
「成程。もしかすると『煌鴟梟』の残党が仲間を捕らえられた報復で、襲ってきたのかもしれないな」
「そう、かもしれませんね」
こうしてコウゾウに報告をしているシグレだが何やら様子がおかしく、いつものように報告に対してハキハキと伝えながらコウゾウに相槌を打ちながらも、しっかりとは自分の意見を述べなかった。
まずは起こった出来事の確認を行った上で、話を擦り合わせようと考えていたコウゾウだが、そんなシグレの様子に先にこちらを明確にしておいた方が良いと判断するのだった。
「シグレよ、何か気に掛かる事があるようだな?」
「隊長……!」
どうやら隊長が自分の心の中の異変を察して告げてくれたのだと感じたシグレは、自分の中で存在が大きくなっていた疑問をそのままぶつける事にするのであった。
「隊長……。ソフィさんが言っていた魔族という種族は、一体何なのでしょうか?」
コウゾウはシグレが何かに悩んでいるのだろうとは思っていたが、彼女の口から出た言葉は彼には全く予想だにしていない言葉であった。
「それは俺にも分からん……。ソフィ殿達は別世界からこの『ノックス』の世界に来たとは言っていたが、その世界には人間以外にも種族が居て彼らがこの『ノックス』の世界には居ない『魔族』という種族なのだろうという事くらいしか俺にも分からん」
何故今になってシグレがこのような事を言い出したのか、皆目見当がつかないコウゾウだが、どうやらこの深刻そうな表情を見せるシグレが、心のどこかではずっとその事が気がかりだったのだろうと思えたコウゾウであった。
「先程、外で叫んでいた男の事なのですが、ここに来る前にセルバスさんと争っていたと報告しましたよね? その時の事なのですが、セルバスさんの目が急に光ったかと思うと、刃物を振り回していた男に、ここに向かって大声で叫べと命令を出したのです。私は何を言っているのかと思っていたのですが、男がセルバスさんの言う通りに、屯所の方へと向かって走り出したので慌てて追いかけて行ったのですが、ここに着いた時にはあの様子で……、自ら捕縛されるように大声を出していました」
どうやら外で叫んでいた男の奇行は、セルバスという男の指示であったらしい。そう言えば捕えた男の目は、まるで虚空を見つめるような虚ろな目をしていた。コウゾウはあの目をしている者を最近どこかで見たような気がしたが、今はシグレの話が先だと意識をシグレに戻す。
「『煌鴟梟』のアジトでもソフィさんの目が光った後に、隊長が意識を失わされましたよね? 私あの時も『隊長に何をしたのか』とソフィさんに聞いてみたんですけど、その時にもソフィさんはただ気を失わせただけと言っていました。私そんな簡単に人を操ったり気を失わせたりする事が出来るなんて信じられなくて……。何より怖いのです」
どうやらシグレはこれまで自分の身の回りで起きた事の無い、超常現象のようなモノを身近に触れた事で恐怖心を抱いたという事なのだろう。それもあの刃物男のような一般的な人間であればまだしも、コウゾウは予備群でも二つ名を持つ程の強者である。
そんなシグレが尊敬するような人物であるコウゾウをあっさりと操ったり、気を失わせたり出来る魔族というのが当たり前のように居るのだとしたら、自分達の存在意義とは何なのかと、今後いくら強くなったところで無駄な努力をしているのではないかというある種、若い者に多くみられる虚脱感というべきものか、子供の時に凄い物だと信じていたモノが実は大人になった後、大したことは無いと感じる虚無感のようなモノに襲われた様子であった。
「シグレ。彼らとて強くなる為に多くの努力を積んで、今の強さを得たのだと俺は思うぞ。人間と魔族の種族の違いだけで何もかもが決まるわけでは無い」
「……」
シグレは尊敬するコウゾウの言葉を聞いて、その言葉の意味を頭で考え始めるのであった。
「人間の中にも『妖魔召士』の方々が使う『魔瞳』や『捉術』がある。我ら『予備群』の目標となる『妖魔退魔師』達もそうだ。生まれた時にある程度は資質や素質というものは決まっているのだろうが、それを伸ばしていく素養や、環境、たゆまぬ努力があるからこそ持って生まれた素質というのが開花していくのだ。決して種族の違いだけで、何かが決まるというモノでも無い。一部の側面を見ただけで、全てを理解したつもりになるのは非常に危ない事だ。これまでお前が信じてきたモノをあっさりと手放すような事だけはするなよ?」
コウゾウは今のシグレがとても危うくその目に映り、ここで一言言っておかなければ、後で取り返しのつかない事が起きそうな気がしたのだった。
「分かりました。隊長、突然意味の分からない事を言ってしまって申し訳ありませんでした」
そう言ってシグレはコウゾウに頭を下げる。
「ああ、気にするな。今後も何か気になる事があれば、遠慮せずに俺に言うんだぞ?」
「ありがとうございます」
そう言ってシグレは再び頭を下げて、執務室を出て行った。
「俺ももう少し若ければソフィ殿達に、悔しい思いを抱いただろうな」
自分一人となった執務室でそう言葉を漏らしながら、コウゾウは大きく溜息を吐くのであった。
……
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